Members Column メンバーズコラム

災害と個人情報 ~改正『災害対策基本法』から~

山本和広 (岩手県大阪事務所)  Vol.170

山本和広

 岩手県大阪事務所の山本です。
 先日、高知へ行ってきました。前の職場で携わっていた個人情報保護業務の関係で、日弁連さん等が主催するシンポジウムに呼んでいただき、四国地方の自治体の方々、福祉関係の方々、弁護士さんなどの前で、被災自治体が経験したことを少しだけお話ししました。
 このシンポジウムの最中に、改正『災害対策基本法』が国会で可決・成立しました。この改正法には、各自治体ないし地域にとって、極めて重要な内容が含まれています。

 東日本大震災津波の発生後、「高齢者や障がい者などの安否確認・個別支援、被災者への生活再建支援の実施などに当たり、個人情報保護制度が障壁となっている」という報道がしばしばなされています。要するに、「役所から支援団体等に情報が提供されない」「役所の間でも避難した住民の情報が共有されない」などの問題が各地で起きたのです。
このほか、災害発生時に避難等の支援を要する方々のリストをあらかじめ整備していた場合でも、リスト掲載対象を希望者のみに限るなどの作成方法を採ったため、結果として支援の必要な方々を網羅できていない場合が多かったなどの問題も広く明らかとなりました。

 『個人情報保護』という言葉が人口に膾炙して久しくなりました。この言葉だけが独り歩きし、“個人情報は大事に守るべきもの”“個人情報は秘して外に出さぬもの”というようなイメージが定着し、役所も個々の職員も、個人情報の取扱いについて、先入観だけで極めて慎重というか過敏になっていたと思います。
また、『個人情報保護法』なるものが官民を問わず個人情報の取扱いを縛っていると誤解されがちですが、実は、自治体は自ら制定する『個人情報保護条例』によってのみ縛られているため、各自治体の制度設計によって個人情報の取扱いに若干(又は、かなり)の差異があります。しかし、自分が従うべき『条例』の内容を正確に理解している職員がどれだけいるかというと…(制度担当者として内部研修を企画・実施していた立場での反省もあります)。
このあたりの事情が問題を更に複雑化させ、個人情報を“守る”ことだけが観念的に重要視されてしまい、結果として、安否確認や支援活動の迅速かつきめ細かな実施に支障が生じたケースが多く発生するに至ったと考えられます。
確かに、個人情報を守ることは大事ですが、それによって個人そのものを守ることができなければ、何の意味もありません。個人情報の保護と活用をきちんと両立させるにはどうすればよいか、災害時により多くの人を救うにはどのようにするべきかという大事な判断が、膨大な個人情報を保有する“役所”、とりわけ住民と直接向き合う“自治体”(主に市町村)、そして災害大国・日本に住まう我々一人ひとりに求められているのです。

(※ 以下、法律の話がやたら長いので、この部分は読み飛ばして構いません。)

 今回の改正『災害対策基本法』には、このような個人情報保護にまつわる問題について、国としての一つの答えが示されています。その答えは、例えるならば「整地だけはしますので、家は自分で建ててください。家を建てなければ、皆さんは雨風を凌げませんよ。」といったようなものです。つまり、「“個人情報を○○することは可能です”と、法律に明記します。やるかやらないかは、自治体の皆さん次第です。」「“可能です”と明記されていないことをやりたければ、皆さんそれぞれの個人情報保護制度を変えるなり、制度の中で泳ぐなり、個別に御対応ください。対応を決めなければ、皆さんは災害発生時に適時適切な対応ができませんよ。」ということを書いてあるのです。
 まず、市町村は、避難の際に支援が必要となる方の把握に努め、「避難行動要支援者名簿」を作成しておく義務を負います。この名簿を作成するため、役場内の各種事務のため保有する個人情報を内部利用(目的外利用)できますし、関係都道府県等に情報提供を求めることができます。“求めることができる”とされた以上、相手が応ずるか否かは別の話ということになります。また、この名簿の情報は、避難支援等の実施に必要な限度で、役場での内部利用や関係者への外部提供ができますが、“外部提供”をするには、本人同意を取るか、条例上の手当て(本人同意を省略する根拠付け)をするかどちらかの対応が必要となります。このあたりが、前述した“個別に御対応ください”に当たる部分です。
 次に、都道府県知事や市町村長は、災害発生時に、被災者の安否情報に関する照会に回答することができます。この回答のため、庁内・役場内の各種事務のため保有する個人情報を内部利用(目的外利用)できますし、関係自治体等に情報提供を求めることができます。ここでも、情報提供を“求めることができる”とされているだけです。何より、回答を義務付ける内容ではありませんので、回答するか否かの判断責任は自治体側にあります。
 最後に、市町村長は、被災者の援護を総合的・効率的に実施するため、「被災者台帳」を作成することができます。台帳作成のための個人情報の内部利用や情報提供要求については前述2件と同様です。また、台帳情報の内部利用や外部提供については、“本人同意がある”“援護実施のための内部利用”“他の自治体が援護実施に利用”のいずれかに該当する場合はできるものとされていますが、この3つの場合にしか外部提供できないという趣旨の規定ではありません。つまり、この3パターン以外の外部提供(例えば、社会福祉協議会や各種支援団体などといった相手方への提供)が必要な場合、各市町村の個人情報保護制度(条例)を変えるなり、制度の中で泳ぐなり、“個別に御対応ください”ということなのです。そもそも、被災者台帳の作成自体が“できる”規定ですので、作成するかしないかは各市町村の判断ということになります。
 実は、これらは法改正によって可能となったわけではありません。各自治体の制度設計次第で、法改正を待たずとも実施可能だったメニューしか並んでいません。つまり、“できない”という言い訳が安易に成り立たないようにした、という言い方もできるわけです。

これまで述べたことの全ては、役所の中で作業すれば解決するという手合いの話ではなく、今このコラムをお読みの皆様がお住まいの“地域”という括りの中に必ず落とし込まれ、最後には皆様自身が何かしらの意思表示を求められる局面が生じることも考えられます。防災には、地域に住む一人ひとりの連携・協力、その前提となる日常からのコミュニケーションが欠かせません。その中で、地域における情報共有と一人ひとりの権利利益の保護との調和がいかにあるべきか、地域の実情に応じた答えを導き出す必要があります。地域構成員としての“企業”の関わり方も課題です。
 長々と書きましたが、災害時における個人情報の取扱いがいかにあるべきか、このコラムをお読みになった皆様には、ぜひ関心を持っていただきますようお願いします。

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