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足元を捨て「遠く」を投げるタコ釣り経営学

辻 明徳 (有限会社アラカワ紙業)  Vol.800

 兵庫県明石市沿岸、激しい潮流と豊富な餌に恵まれたこの海域は、日本有数のマダコの産地として知られています。しかし、2026年(令和8年)の明石の海は、かつてない緊張感に包まれています。マダコの漁獲量は平成30年(2018年)ごろから大幅な減少に転じ、令和3年以降も極めて低い水準で推移しているからです。この危機を乗り越えるため、2026年からは「12月1日から3月31日まで」「時間は午前5時から正午まで」という極めて厳格な採捕ルールが本格的にスタートしました。限られた時間、限られた資源。この過酷な状況下で結果を出し続けることは、現代の厳しいビジネス環境を勝ち抜く経営戦略そのものと言えるでしょう。

 

1. 「お祭り」という非効率からの脱却
 多くの釣り人は、遊漁船の上で、最短距離である「船の足元」に仕掛けを落とします。しかし、満員の船内で全員が同じ場所に仕掛けを集中させれば、潮流の影響で糸が絡まり合う「お祭り」が頻発します。「お祭りを解いている隣の人を横目に、自分だけがヒットさせた瞬間の心理描写」「誰もが選ぶ安易な道を選ばなかった」という意思決定の正しさへの確信です。これはビジネスにおける「レッドオーシャン」そのものです。競合他社がひしめく同じ市場で、同じやり方、同じサービスを提供し続ければ、トラブルの頻発や価格競争という名の「お祭り」に巻き込まれ、組織のエネルギーは浪費されていきます。市場の足元ばかりを見ていては、チャンスを掴む前に他者と絡まり合い、沈んでしまうのです。

2. 独自の戦場:遠投して「底」をズル引く勇気
 明石のタコ釣りにおいて、2026年に求められるのは「遠くに投げる」勇気です。特にダイワのアナリスター エギタコから追加されたスピニングモデル「H-180SP-J」のような、キャスト性能に特化したタックルが注目されているのは、この「独自の戦場」を確保するためです。誰も仕掛けを投げ入れていない「遠く」には、手付かずのタコが潜んでいます。
しかし、ただ遠くに投げればいいわけではありません。基本となるのは、海底の感触を常に捉え続ける「ボトムトレース」です。仕掛けを止め、底を引きずり、違和感(重み)を待つ。この「重みの正体を探る一瞬の緊張感」は、企業の経営者が新製品の開発を終え、市場の反応を待つ時や、大型案件の見積もり回答を待つ時のドキドキ感に似ています。「これはタコなのか? それともただの海藻なのか?」という問いに対し、一瞬の動作で判断し、本命でなければ即座に次のアクションへ移行する。この「しゃくり」による検証と、判断の速さ(PDCAサイクル)が、最終的な釣果に直結します。

3. 安価なツールに知恵を乗せる
 2026年の明石では、アジやラードといった「生エサ」の使用が全面的に禁止されています。エサ付きの仕掛けが漁網に絡まった際、エサが腐敗して漁業者に多大な迷惑をかけることを防ぐためのルールです。この制限下で注目されているのが、ワームの活用です。高級なブランド品ばかりが正解ではありません。例えば、ダイソーの青色ワームであっても、そこに「青色への反応が良い」という独自の仮説と、タコを誘う「ザリガニの自然な動き」を演出する創造力が加われば、十分に価値を生み出すことができます。
がまかつの「オクトライズ ノリノリクロー」やシマノの「クラボーイ」といった最新製品も、単なる道具ではなく、釣り人の知恵を形にするためのデバイスに過ぎません。道具の値段ではなく、使い手の知恵が価値を生む。これは、限られた資源と制約の中で「面白いもの」を生み出し続けてきた、東大阪の町工場の真骨頂とも言える精神です。

4. 「真似できない」が最高の参入障壁
 「遠くに投げる」という行為は、実は非常に難しい技術です。潮流を読み、正確に底を取り、遠く離れた仕掛けを繊細にコントロールするには、相応の練習と専用のロッドスペックが求められます。だからこそ、多くの人は簡単には真似できません。
私たちの段ボール設計も同じです。「そんな複雑な形状は無理だ」「手間がかかりすぎて割に合わない」と言われるような「面白い」提案を、私たちは技術と想像力で形にします。誰もが足元で苦戦している間に、誰もいない「遠く」へ挑戦し、形にする力。それが他社には真似できない、アラカワ紙業の「遠投」なのです。難しさは、裏を返せば、一度確立してしまえば最強の参入障壁となります。

5. 結び:一人遠くを狙い続ける
 たとえ渋い時期であっても、あるいは周囲が同じ場所ばかりを見ていたとしても、私たちは決して視点を止めることはありません。2026年からのマダコ資源保護ルールは、私たちに「資源は有限である」という厳しい現実を突きつけました。だからこそ、100グラム以下の小型個体(頭部が鶏卵程度の大きさ)を優しく海に返す「タコマイレージ」のような、未来への投資が不可欠なのです。
「想像し創造する」。この弊社の理念を胸に、私たちは海でも仕事でも、誰もいない「遠く」へ挑戦し続けます。一人静かに海面を見つめ、遠くの「底」から伝わる微かなシグナルに神経を研ぎ澄ます。その先にこそ、持続可能な未来と、世界に誇る「明石ダコ」の豊かな恵みが待っていると信じているからです。たとえルールが変わっても、海が厳しくなっても、知恵と勇気があれば道は開けます。私たちはこれからも、誰にも真似できない「遠投の経営学」を実践し続けていきます。

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