Members Column メンバーズコラム

アフターコロナと日本のテロワール

玉井恵里子 (株式会社タピエ)  Vol.654

 パンデミックになった途端、わたしが本能的に走った行動それは「園芸」でした。

まるで時計の針が止まったかのような断絶された日々の中でも種や球根を土に植えると律儀に花や実へ成長してくれました。些細なことでも達成感を与えてくれる自然の力にどれだけ気持ちが救われたか分かりません。以前は1年の数ヶ月分は海外で過ごすような生活でしたが大きく変化しました。仕事で日本中訪れる機会に恵まれたおかげで新たな日本愛(好奇心)がふつふつと芽生えていました。今年5月の解禁を迎えてから、岩手、山形、宮崎、札幌、旭川、奄美大島を訪れてきました。以前イタリアの人にイタリアは都市ごとに異なる国かと思うほど個性豊かな文化があるよ、と聞いて感心したことがありますが、今では日本も地域の個性豊かさでは負けてはいないと豪語したいです。日本は日本人にとって何処でも日本語が通じるという利点は大きく、知れば知るほどに自然、文化、食の地域の違いは奥深く学びの味わいに満ちています。各地の訪問から見えてきた想いをいくつかお伝えします。

 山形県西川町は山形の中でも豪雪地帯で6月初旬でもまだスキーが出来るほどです。雪解けを迎えた土地にはどうしてあれほど力強く美しい花々が咲き乱れているのでしょうか。雪に閉ざされていた地面のエネルギーが一気に放出するかのように生命感に溢れています。山菜の旬の季節でもあり地元では昔から貴重な自然の恵みを手をかけ料理としてもてなす知恵と伝統が受け継がれています。ブナの木に自生する苔の一種を「仙人の霞」として食する珍しい体験をしました。野山から食材を採取してきてくださる専門職の達人が今ではとても貴重な存在です。山形ではワインを起爆剤に地域活性を目指すかんのやま市の新ワイナリー「DROP」との出会いもありました。ワイン栽培とワイン醸造を手がける若き創業者は大阪から移住されたと聞きます。地域の人と一体となってワインを通じて賑わいのある街づくりを目指すビジョンにも共感できます。東北最大級年に一度開催の「山形ワインバル」には岩手で訪れた「エーデルワイン」や「高橋葡萄園」も名を連ねていました。

ユネスコデザイン都市の北海道旭川市で年1回、家具・木工をはじめ建築、観光まで、ものづくりの町の特色を紹介する「あさひかわデザインウイーク」を訪れました。はじまりは豊かな森林資源に恵まれた旭川で家具の生産が盛んな事からです。家具に「デザイン」を取り入れる重要性をいち早く先見して国際家具コンペを開催します。デザインウイークへと発展し地域活性化にも大きく影響を与えていきます。建築家、内藤廣氏設計の木が特色の旭川駅には旭川家具が多く配置され市のシンボルになっています。1961年に建設した小学校を改修した「セントピュア」は東川エリアの公共の芸術デザイン文化施設。今では暮らしたくなる街として注目の東川のランドマークです。旭川には全国から家具作りを目指す若手の人材が集まってくると聞きます。学校から就職先まで技能を磨き生かす環境が整っています。家具づくりの現場でも20代の若手が中心となって生き生きと仕事に取り組んで輝く瞳がとても印象的でした。自然と共存し「デザイン文化」をスタンダードになる迄育て地域の特色にしています。

奄美大島では染色の工房を主に訪れました。奄美大島といえば大島紬。本場奄美大島紬の代表的な染色方法である「泥染め」は絹糸を独特の美しい黒に染め上げます。シャリンバイというバラ科の植物のタンニン色素で染色し泥田(本当に泥の水田)で洗い泥の化学反応によって色を定着させる奄美大島固有の染色方法です。着物生産の減少に伴い斜陽に見えた泥染ですが最近では天然染料の風合いにインテリアやアパレルのデザイナーたちが着目し、着物以外に仕事の路を広げていました。此処でも豊かな南国の自然環境の中で生き生き働く若いひとびとに出会うことが出来ました。

 コロナを経てわたしに見えてきたキーワードは超便利が止まらない IT時代の「自然」の価値です。「日本の自然を生かしたものつくり」の明るい未来を応援したいです。凝り性の日本人が探求する絶品ワインを求めて日本各地のワイナリーに世界中の人が訪れる日もきっと遠くないでしょう。ワインに合うチーズや生ハムを作る技術もさらに向上していくでしょう。自然が豊かな地域ではビル街では決して得られない心のゆとりや癒しが得られるでしょう。都市一極集中型が増える一方で、好きなものつくりの仕事に恵まれ自然と寄り添える生活を選択するような若い人も増えてくるでしょう。「自然」を生かし「自然」を守るために必要なひとつは「デザイン」ではないでしょうか。デザインは今まで主に物を売るために活用されてきました。これからはものごとを整えて伝えやすくし暮らしの心地よさを生む知恵としての「デザイン学問」が普及していくと期待しています。

PAGE TOP