Members Column メンバーズコラム

西三河の自動車業界でイノベーション、という荒行に挑戦中

中村 光宏 (新明工業株式会社)  Vol.693

定例会では、酒テーブルに常駐している中村です。
3年ちょっと前、50代半ばにして初の自動車業界に転職して、三河国に単身赴任しています。特殊な道路維持作業車など、主にややこしめの特装車の開発をしています。今までずっと驚きの連続で、今回は、業界外から飛び込んだ私が見た、西三河の自動車業界の想像以上のヤバさについて、少し書いてみました。
注) 以下の内容は、自動車業界の人は不愉快に感じられる可能性が少なからずあります。 (不愉快に感じる感覚≒ヤバさの核心)

西三河は、大阪府よりやや狭い面積の丘陵・平野で、農地と住宅地が入り混じっています。そして、その中に多くの工場が点在しています。広さの割に公共交通機関が極めて貧弱で、自動車がないと就業・生活が困難です。中心は豊田市、その中心部は無機質なビルが立ち並んでいる、一見よくある無個性な地方都市ですが、どこかカルトな宗教都市に似た雰囲気を感じます。トヨタ自動車とトヨタ生産方式を信仰する、機械の都です。外に出たがらない人も多く、3世代にわたって西三河の自動車業界で働いているとか、珍しい話ではないです。
経済面では、県別の製造品出荷額で、西三河を含む愛知県はぶっちぎりの1位です。ここに、自動車メーカーを頂点に、巨大で強固なピラミッド構造の、内部だけで完結したエコシステムが構築され、長い間安定して、のんびり改善などしながら、非常に効率良く莫大な利益を稼いできました。
長い歴史を持つ、強く一体化したエコシステムは、個社とは比較にならない大きな慣性、変化への抵抗も持ちます。内部完結で十二分だったので、業界外のことはほとんど知らないです。じっくり物事に取り組んで改善するのは得意、逆にアジリティはほぼ失われています。長い繁栄の結果、危機感知の能力もとても鈍いです(口だけの人はいます)。
全てがトヨタ生産方式的に管理されていて、既存の延長の商品は効率よく出してくる反面、新しい商品開発がうまくできません。何かあったらトヨタ自動車に聞く/助けを求める、というのも頻繁に見聞きします。脊髄反射です。客観的に妥当な対応を検討しようとすると、感情的な強い反撃を受けることもしばしば。カルトです。自律していません。
メーカー、ティア1、ティア2……のエコシステムは、違うと業界人は言い張りますが、まごうこと無き元請け・下請け構造です。そのため、ティア1以下には一般にマーケティングや商品企画の機能が無いです。それも、多くの会社では創業以来、無い。
現在、今までの強みがことごとく弱みとなって、業界は危機的な状況にあります。業界外からの黒船新規プレイヤーに、まるで対応できていません。

私が見た西三河の自動車業界とは、ぬるま湯を湛えた超巨大な井戸の中に100年近く、何十万という蛙が多くの村に分かれて繁栄を謳歌し、世代を重ねながら何不自由なく幸せに暮らしている(いた)、独自進化を遂げた世界です。最近は井戸の外からブラックバスや猫のような肉食動物が侵入してきて、悠久の繁栄が綻びつつあります。でも、未だに気付いていない蛙がとても多いです。
マイルドに、経済界の巨大ガラパゴス=オーストラリア、という言い方もときどきしています。

危機を感じている経営者は、少しはいます。けれど、どうしたらいいのか判らなかったり、有効な手を打てなかったり。あるいは、自身は判っていても、社員のほとんどが外の世界を知らないので、やっぱりうまく対策できなかったり。そもそも、危機をちゃんと認識できている人の割合が少なすぎます。
このままだと、10年後には一部の超巨大企業はともかく、ティア-1やティア-2の多くは壊滅的な打撃を受けてしまう可能性が大いにあります。
そうならないために、オープンイノベーションだったり新規事業創出だったりというのが常套手段ですけど、正直、関西や自動車でない業界に比べて、かなりのハンデがあります。
自動車業界そのものや人の問題だけでなく、コンパクトでない西三河では、人と人との緩やかな繋がりも作りにくいです。地理的要因のため、気軽に必ず飲んで騒ぐのがとても難しい。これは、新しいことをするのにとても大きなマイナスで、エフェクチュエーションも効きにくい。

私の勤務先も同様です(事業部のお客様が業界外なので少しマシ)。生き残りをかけ、私は色々な新しい仕掛けをしていますけれど(言えない)、環境が凄く厳しいので、まあチャレンジングで、ヒリヒリした感じを日々楽しんでいます。50代半ばにして人生最大の挑戦……なんてつもりで転職したんじゃなかったのになあ。

幸い行政は、このままでは10年後の愛知県は酷いことになるので、この現状にかなりの危機意識を持っています。民間よりも行政が先行というのは、少し変わっているかもしれません。
そこで県庁や名古屋市は、こういった会社群にイノベーションを起こして生き残らせるべく、また、非自動車の新規事業を創出すべく、必死に人や地理の制約を踏まえた施策を、あの手この手と打っています。ただ、業界と行政の危機感のギャップは未だにかなり大きく見えますし、なかなかに苦労されています。「俺は判ってるけどね」と言う、全然判ってない業界人も特に大手に多く、これがまた……
写真は、建設中の愛知県肝いりインキュベーション施設、STATION Aiです。都心に近いので、飲んで騒ぎやすい! 最上階にはルーフトップバーも出来るそうです。今秋から私は、週に1~2日はここにいるかも。ここ、といってもバー常駐じゃないですよ、念のため。

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