Members Column メンバーズコラム
「不易流行」
川部千佳 (伊賀市) Vol.798
伊賀市が世界に誇る俳聖、松尾芭蕉。私たち市民は、親しみを込めて皆「芭蕉さん」と呼びます。
その芭蕉さんの理念に「不易流行」があります。
これは、俳句の極意書『去来抄』にある
「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」
という言葉に由来するものです。いつまでも変わらない本質的なもの(不易)を大切にしながら、時代に応じて変化する新しいもの(流行)も取り入れていく――。
そんな考え方です。いま、芭蕉さんの故郷・伊賀では、この「不易流行」を体現するまちづくりが進んでいます。
今回のコラムでは、伊賀の最近の動きとともに、忍者だけではない新たな魅力をお伝えできればと思います。
まず最初にご紹介したいのが、市指定文化財である旧市役所庁舎をリノベーションし、複合施設としてオープンした「SAKAKURA BASE」です。
(ちなみに、この「SAKAKURA BASE」というネーミングは、私のアイデアが採用されました!)数年前まで、ここは実際に市役所として使われていた建物でした。
しかし当時、多くの市民や職員は、その建物の価値に気づいていませんでした。
雨漏りはする、暗い、寒い――。「取り壊して新しい庁舎を建てた方がいい」と考える人が大半でした。実際、旧市役所周辺にあった中央公民館や旧県庁舎は取り壊され、新庁舎建設事業も進み、事業者が決定するところまで進んでいました。
ところが、この古びた、魅力のない建物だと思われていた建築には、とてつもない価値が隠されていたのです。
設計者は、坂倉準三。
近代建築の巨匠 ル・コルビュジエ に師事し、日本のモダニズム建築を代表する建築家の一人です。旧上野市庁舎は、坂倉準三氏の設計により1964(昭和39)年に竣工し、50年以上にわたり市民に親しまれてきた貴重な建築でした。
ちょうどその頃、全国では戦後モダニズム建築が老朽化を理由に次々と解体され、その保存の必要性や意義をめぐる議論が高まっていました。
伊賀でも、旧上野市庁舎の保存活用をめざす市民団体が活動を始めていました。
こうした中、市庁舎を「残すのか、壊すのか」をめぐり、市民を二分するような論争や政争が続きました。
そして、解体・新庁舎建設を進めていた当時の市長に対し、「保存活用」を公約に掲げた前市長が選挙で当選。
残された本庁舎を保存活用する方向で議論が進められることになりました。これで一気に保存活用へ進むかと思われましたが、ここからも試練が続きます。
庁舎をどう活用するのか、議論はなかなかまとまらず、議会の強い反対もありました。
議員全員協議会での提案と説明、関連予算の否決が繰り返され、旧庁舎単独の再生事業としては、長らく議会の合意が得られませんでした。そこで、坂倉建築群や伊賀上野城下町の歴史的景観の保全、観光まちづくりなどの視点を加え、地域資源を「点」ではなく「面」で捉える構想へと発展していきます。
上野公園から城下町エリアを結ぶ導線を「にぎわい忍者回廊」と位置づけ、PFI手法を活用した公民連携事業として、
- 忍者体験施設の新築
- 旧庁舎を「図書館・観光まちづくり拠点」へ改修
する計画を一体的に進めることで、面的なまちの活性化を図る――。
この方向性によって、ようやく議会の賛同を得ることができました。
さらに、旧上野市庁舎がDOCOMOMO Japanによる「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定されたことや、日本イコモス国内委員会の「日本の20世紀遺産20選」に選ばれたこと、また伊賀市指定有形文化財となったことも、大きな追い風になったといえます。
こうした紆余曲折を経て、昨年7月には、
- 市長室をスイートルームに改装したホテル「泊船」
- カフェ「CROSS CAFE」
- 観光地域づくり拠点
- 伊賀市観光インフォメーションセンター
- SOUVENIR SHOP「伊賀百貨」
- 伊賀流忍者体験施設「万川集海」
がオープンしました。
そして、この4月には待望の伊賀市中央図書館も開館しました。
かつて議場だった空間は、子どもたちの学習室へ。
キッズコーナーも充実し、本と出会い、学び、ゆっくり過ごせる居心地の良い場所へと生まれ変わりました。「建築は生きた人間のためのものである」
そんな坂倉準三氏の想いを受け継ぎ、新たな息吹が吹き込まれたSAKAKURA BASEが、市民や訪れる人々にとって、憩い、学び、交流する場として育っていくことを願っています。
これからが、本当の意味でのがんばりどころです。「日本初の泊まれる図書館」に、ぜひお越しください。
そのほか、伊賀上野城下町では、歴史的な町並みを未来へ受け継ぐ取り組みとして、「“まちに忍ぶように泊まる”ホテル」をコンセプトにした NIPPONIA HOTEL 伊賀上野 城下町 も続々とオープンしています。
戦禍を免れた城下町には、江戸・明治・大正・昭和・平成、それぞれの時代の建物が残り、まるで町全体が建築ミュージアムのようです。
一方で、少子高齢化の波はこの町にも押し寄せています。
この貴重な建物群を、どう次世代へ引き継いでいくのかは、大きな課題です。しかし、この町並みに魅力を感じて移住する方や、応援してくださる方も増えてきました。
KNSメンバーである 塩崎祥平 さんも、ご縁があって伊賀に住み、町並みを守り、活かす活動の先頭に立ってくださっています。
こうした新しい人材が、次の主人公として伊賀の物語を紡いでくれていることも、また芭蕉さんの「不易流行」を受け継ぐ姿なのだと、しみじみ感じています。
高度経済成長から取り残された地方都市だった「伊賀上野」は、地域が守り続けてきた宝に光を当て、その価値を磨き直すことで、「周回遅れのトップランナー」をめざし、新たな歩みを進めています。
忍者だけではない伊賀の魅力を、ぜひ感じに来てください。
お待ちしています。
