Members Column メンバーズコラム

自治体人事を考えるヒント‐経営学・HRMで挑む地方創生‐

吉田 雅彦 (元経済産業省政策調整官, 実践女子大学教授)  Vol.789

1.今年、表題の本を書きます
 昨年、“自治体人事の改善提案をする”というコンセプトの本を書こうと、現場の専門家の意見を聴きながらチャレンジしました。しかし、断念しました。問題が根深すぎることと、自治体といっても多様で、一つの本で改善提案を提示するのは無理でした。

 今年に入って、自治体人事の本を別のコンセプトで書こうと考えました。なぜなら、
・短い人事ローテーションの中で、急に人事の担当になって困っている人はいるだろう。
・自治体が多様であっても、人事の知識を持つことは担当者の助けになるだろう。
と思い直しました。
 これから書く本は、自治体人事をどうするかの答えを示す本ではありません。自治体の人事のあり方を考えるときに有用な基礎知識・ヒントを提示するにとどまります。答えは、それぞれの担当者が自分で考えていただく。その助けとなる知識を漏れなく、効率よくお伝えするというコンセプトです。

民間企業の人事は、経営学の人的資源マネジメント(HRM, Human resource management)理論に基づいて行われます。米欧の理論の直輸入による混乱、試行錯誤・日本風へのアレンジを繰り返しながら進化しています。人事は、組織の持続可能性や利益獲得のために必要な手段であり、経営活動全体と一体のものだと民間企業は考えています。
自治体の人事は、経営学の恩恵をあまり受けてきませんでした。しかし、近年では、人的資源マネジメント理論に基づいた“キャリアサポート”に力を入れる自治体も増えています。

2.私自身の人事職の経験
 私自身、中央省庁に勤務して、部局やグループ組織の人事担当をしたことがあります。しかし、人事の基礎知識はありませんでした。目の前で起こった課題に自己流の対応を懸命にしただけでした。
 民間企業は、経営学の人的資本マネジメント理論に基づいて、人事畑の専門家が人事を考えて実施しています。行政(中央省庁、自治体)も、人的資本マネジメント理論を理解して人事を行うべきです。
 私がいた経済産業省は“経済官庁”なので、経済学部出身者を採用したり、経済学の入社2年目研修をしたりしていました。しかし、経営学の社内研修はありませんでした。

3.大学教員に転職して経営学を学ぶ
勧奨退職を機に大学教員に転職してから、経営学、人的資本マネジメント理論を知ることになりました。「中央省庁に勤務している間に知っていたら、どんなに助けになっただろう」と思われる内容が、経営学には“てんこ盛り”だとわかりました。不勉強を後悔しました。
大学教員に転職して、2015~2021年は宮崎大学地域学部、地方創生を学ぶ学部に勤めました。1992~1994年に通産省から岩手県庁に出向して以来、地方創生は追いかけ続けてきたテーマでした。実務で様々な経験、知見を蓄えたのは良かったです。しかし、地方創生は、経営学のマネジメントの考え方に基づいて行わないと、日本中の人たちがゼロから自己流を繰り返すことになると悟りました。宮崎大学の授業内容を新型コロナのときに文字起こししたのが、著書

〇吉田 雅彦(2021)『地域マネジメント-地方創生の理論と実際-』鉱脈社 です。

 2019年、母が大病したため東京に戻ることにしました。2020年から現在まで、実践女子大学人間社会学部ビジネス社会学科に勤めています。この学部は、社会科学を浅く広く学び、自分が好きなことを見つけたら深堀りするというコンセプトです。私は経済学と企業論を担当することになりました。企業論は経営学なので、経営学を学びながら学生に教えるというピンチに陥りました。ところが、ラッキーなことに2019年に画期的な経営学の本が日本語で出版されました。

〇三谷 宏治(2019)『すべての働く人のための新しい経営学』ディスカヴァー・トゥエンティワン
この本は、経営学の本を何冊か読んだことはあるが、よくわからないという人や、仕事でマネジメントの知識が必要で切迫している人に最適です。学生で、初めて経営学の本を読む人にもお薦めです。実践女子大学で教科書として使ったときは、「感動した」という評価が学生からありました。

〇入山 章栄(2019)『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社
経営学の主要理論を、ひととおり、すべて見ておきたいという学究肌のビジネスマンに最適です。元の論文や著作へのガイドもあります。「他にないことの証明」は難しいと言われますが、「これ以外に経営理論はない」という本が日本語で出たのは助かります。

 通産省・経産省で接してきた企業の悩み、決断、結果などの実務経験を、経営理論で解説すると、社会経験のない学生でも“企業というものの本質”を理解することができます。このような実践女子大学の授業内容を新型コロナのときに文字起こししたのが、著書

〇吉田雅彦(2024)『ビジネスのための経済学・経営学』鉱脈社

〇吉田雅彦・安井 健・曽根悠子(2024)『新しい業界研究』鉱脈社

〇吉田 雅彦(2023)『国際ビジネスの理論と実務』鉱脈社 です。

4.役所の人事と民間企業・経営学の違い
 役所といっても多様で、人事のやり方も多様です。私がいた通産省・経産省では、人事専門職のノンキャリアの人たちはいましたが、主に、ルールに基づいて人事異動を実施することや、懲戒、人間関係トラブルが再発しないようにする仕事をしていました。組織経営の一環としての人事はキャリア官僚が行います。“仕事ができる人”が人事担当になるという運用で、人事の専門家はキャリア官僚にはいませんでした。通商交渉、石油権益確保などの専門人材育成は、部局と人事担当が話し合って長期育成していました。私は、企業支援、地方創生の専門家として育成されました。
 民間の大企業は、人事職を長期に育成します。人事職の人たちは、経営学の人的資源マネジメント理論を長期に学び、実践して、実践と理論の理解をスパイラル状に高めていきます。景気が良い時、悪い時に人事のやるべきことを体験して人事職で引継いでいきます。2010年以降は、離職対策が重要になり、キャリアサポートに力を入れる企業が増えました。
 経営学は、企業の持続可能性や利益獲得といった大きな目標のために、何をどう行うべきかを、体験と理論づくりで発達させてきました。人的資源マネジメント理論も、大きな経営目標を実現するための手段です。経営全体の中の必要不可欠な一部です。
 他方、中央省庁の人事は、人の評価・出世や、重要業務を失敗しない人材配置に焦点が当たります。中央省庁は、専門人材を長期育成しますが、市町村は専門人材を長期育成しないところが多いです。都道府県はその中間と感じます。

5.『自治体人事を考えるヒント‐経営学・HRMで挑む地方創生‐』のコンセプト
 今年書こうと考えている本のコンセプトは以下の3つです。

(1)自治体の人事を考える際に使える経営学の知見を提供すること
経営学は、自治体人事を考えるヒントとして役に立ちます。自治体人事の担当者のヒントとなる知見を、本書は系統立てて提供します。経営学は、すべての内容が、企業の持続可能性や利益獲得という企業全体の大目標に関連づけられています。人事(経営学では“人的資源マネジメント”という)も、“人事のための人事”という部分的な思考ではなく、“組織全体の目標を実現するための経営活動の一環”と考えています。

(2)地方創生を、自治体全体の大目標として経営学で解釈し直す
2014年、「日本の半分の自治体が将来消滅するかもしれない」という予測に人々は驚きました。同じ年に第2次安倍政権が「人口減少克服と東京一極集中の是正」を掲げて地方創生政策を開始しました 。自治体全体の大目標は地方創生、具体的には、地元の持続可能性、住民の雇用、収入、幸福であると言えます。それらの実現を経営学に基づいて考えます。
2025年、政府は地方創生2.0で「地方創生1.0では、町村の現場主導で取組みを進めることを目指した。しかし、産官学金労言士等を巻き込むうねりが全国に広がるには至らなかった。先進的な取組みを模倣するのではなく、地域に応じて柔軟に取り入れる発想が必要だ」と反省しました 。
「先進的な取組みの成果を模倣しても上手くいかない」は、経営学の企業戦略論では常識 です。経営学は、1900年以降、世界中の企業や組織の成功と失敗の蓄積から“経験のエッセンス”を抽出し、理論を体系化してきました 。近年では、自治体を含む非営利組織のマネジメントも重要な研究・実践対象となっています。地方創生の若い担い手は、経営学を理解して取組む人が増えています。

(3)どのような自治体であっても、経営学で自治体の人事を考えることは有益
今、日本の地方と地方の自治体はかつてない危機に直面しています。その危機を乗り越え、ふるさとを次世代につなぐために、自治体の人材をどう活かせばよいのでしょうか? 
自治体の人事のあり方は、都道府県、政令市、中核市、その他の基礎自治体(市町村)で異なります。基礎自治体でも、地元の人口規模や、役所の職員数で課題は異なります。過去の経緯も影響します。自治体の数だけ、人事の課題の個性があり、一般論では論ぜられません。
ロシアの小説家トルストイは「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」と語っています。
このような前提であっても、経営学で自治体の人事を考えることが有益であることを示します。自治体人事を考えるヒントを、理論と実践の両面から一緒に探っていきます。

6.今考えている本の構成
今考えている本の構成は、
第1部は、自治体の危機を、地元、自治体組織、自治体の人事の危機に分けて解説します。
第2部は、人事に関わる経営学・経営理論を解説します。36の経営理論、12の推薦図書を紹介します。
第3部は、経営学のマネジメント理論で地方創生を実現する方法、経営学の人的資源マネジメント理論で組織の生産性を上げる方法を解説します。その上で、地方創生のカギとなる産業、観光行政の成功事例を経営学で解釈します。
第4部は、本書のテーマである自治体の人事を考えます。具体的には、先進的な自治体人事の事例を経営学で解釈します。中でも、自治体の人事の課題を解決する有力な方法ではないかと期待されている“系統別人事”を、人的資源マネジメント理論で解説します。

 自分でも、本が完成するのを楽しみにしています。ご関心がある方は、ご期待ください!

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