Members Column メンバーズコラム

共有と共同のはざま

宇田忠司 (北海道大学)  Vol.255

宇田忠司

 まもなく,大学院を修了し縁あって北海道大学に着任してからちょうど10回目の4月を迎えます。大学院生の頃から,ひとつの企業内に囚われない働き方と,そのような働き方を実践する個人をめぐる社会状況に注目しつづけてきました。具体的には,独立・起業に及ぶ人々(主として,フリーランス)の活動と彼(女)らを取り巻く世界を,当事者にくわえ,発注者(クライアント)や代理人(エージェント),支援者(インキュベーター)の視点から,包括的かつ重層的に理解しようとしてきました。関西ネットワークシステムには,支援者としての「メビック扇町」に関するフィールド調査がきっかけで参加させていただきました。

 最近は,上記のテーマの延長線上で,主にコワーキングについて共同研究を進めています。KNSメンバーの皆さまのなかには,ご存知の方もかなりいらっしゃるでしょうが,コワーキングとは,「働く個人がある場に集い,コミュニケーションを通じて情報や知恵を共有し,状況に応じて共同しながら価値を創出していく働き方」を意味します。
 各種メディア等で,個の自律と他者との共同の両立を図るコワーキングの新しさを強調する議論も散見されます。ただ,このような働き方は時代を超えて,また洋の東西を問わず実践されてきました。国内であれば,たとえばトキワ荘に集った手塚治虫や藤子不二雄,石森章太郎(当時)らを思い浮かべることができるかと思います。
 にもかかわらず,近年,コワーキングというラベルとともにその働き方がクローズ・アップされています。その理由は,従来,たとえば芸術家のような一部の職業人に限定されがちであった働き方が,フリーランスや小規模事業者を中心に体現されることで,広く知的労働に携わる個人にとって実践可能な選択肢として捉えられるようになったためだと考えられます。
 その先鞭をつけた1人とされるのが,サンフランシスコでフリーランスのエンジニアとして活動していたブラッド・ニューバーグ (Brad Neuberg) です。彼は,独りで活動していると寂しいだけでなくアイデアに詰まりがちになるため,2006年に帽子工場跡に文字通り「ハット・ファクトリー (Hat Factory) 」と呼ばれるスペースを開設し,友人とともに働きはじめました。その後,同様の実践がアメリカの大都市を中心に広がり,やがてヨーロッパにも伝播していきました。これと並行してコワーキングの場を提供するスペースが各国で次々に開設され,その数は今や世界で約6,000,国内で350以上にのぼります。
 このように,コワーキングという現象は欧米にとどまらず日本においても着実に広がりを見せています。これにともない,各種メディア等でコワーキングの歴史や現状,展望について言及する動きが活発化しています。ただ,コワーキングやコワーキング・スペースに関する直接的かつ体系的な調査研究は,依然として不足しています。
 そこで,私たちは,昨年夏に国内で稼働しているコワーキング・スペースのほぼ全数を対象に質問票調査を行いました。このような試みは,おそらく国内初ですし,海外でもGlobal Coworking Survey(2010年より実施されているコワーキングに関する世界規模の年次調査)くらいしか見当たりません。この調査の分析結果は,今月末から順次公表していきます。詳細については,私たちの研究グループである「北海道大学コワーキング研究コミュニティ」のfacebookページ(https://www.facebook.com/rcoc.jp)をご覧ください。
 このような,萌芽的な現象の概観を目的とした調査研究は一定の意義がありますが,あくまで私たちの研究プロジェクトの導入部にあたります。今後は,注目に値するスペースや,そこで生成・展開された共同に関する事例分析,スペースの実態に関するパネル調査などによって,対象に深く迫っていく予定です。
 コワーキングという働き方やコワーキング・スペースという働く場は,特定の企業内での労働や企業オフィスと比べて,ワークスタイルの柔軟性や交流するメンバーの多様性,場の開放性の高さなどが期待されることから注目を集めています。このような現象の台頭の背後には,ICT の発展やSNS の普及と同時に,物理的接触の再評価(遠隔コミュニケーションへの過度な依存からの揺り戻し),共有(シェア)の文化の進展等があると考えられます。
 ただ,ワークスペースが物理的に共有されたからといって,直ちにコミュニケーションを通じて情報や知恵が共有されるわけではありません。ましてや,仕事場や経験が共有されたからといって,必ずしも期待される共同が生じるわけではありません。実際,スペースに赴いても,他者とほとんど交流できず孤立している利用者や,利用者間で会話がほとんど交わされず,単なるシェア・オフィスのようなコワーキング・スペースなど,前述した概念とは乖離した個人やスペースが存在します。
 したがって,今後研究を進めていく際は,現象をつぶさに観察しながら,とくに「(仕事場の)共有と共同のはざま」に光を当てることが求められます。どのような場で情報や知恵の共有が生じ,それがどのように共同の生成(ひいては価値の創造)に結びつくのか。コワーキング・スペースは,人柄や能力を踏まえて当該人物との関わり方を調整できる原初的な場であるため,この問いに取り組むことで共同のメカニズムに関する有益な知見を得られるはずです。他方で,この問いを探求していくことは,制度化された共同の体系である「組織」の意義を再検討することにも結びつくと考えられます。

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