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東南アジアの工場現場を見て:日本の「現場力」は本当に高いのか?

東瀬朗 (新潟大学)  Vol.643

新潟大学の東瀬です。
本業の研究では「工場の安全と事故予防」という分野を取り扱っており,その縁で今年3月東南アジア(インドネシアとタイ)の工場を回って現場を見る機会を得ました。
今回のコラムでは,その出張中に感じたこと,考えたことをいくつか書いていきたいと思います。

1) タイ・インドネシアの工場のレベルの高さ
 今回,特に強く感じたのは「日本,すでに現場のレベルでも抜かれているかも」という点です.今回見せて頂いた工場と同じような工場を日本でも見ているのですが,私の専門分野に近い部分である現場表示や5S,安全活動の内容などを見たときに,日本の同種の工場よりも筋が通っていて,かつちゃんとやっているという工場がいくつか見られました.この分野は,ある程度形にするはそれなりにできるのですが,内容を分かった上で「やりきる」のはなかなか難しく,ここが先進的な企業とそうでない企業を分けるポイントになります。

 できるようになってきた要因としては,どちらも操業数十年を超え,その会社で育った現地人スタッフが教えたスタッフ・オペレーターが主たるメンバーになってきていること,人口増加と経済発展が同時に進み,重工業セクターが若くて優秀な人材をまだ獲得できていること,経済発展や需要の伸びが見込まれることから,工場設備に思い切った投資ができることなどが挙げられます.インドネシアの現地スタッフとの懇談では,このまま行けば10年 – 20年のスパンで,インドネシア人が日本の親会社工場で三交代の班長や製造課の課長として活躍している未来も夢ではないし,1980年代にアメリカでアメリカ人に日本人が製造現場のあり方を教えていたのと同じ事が2030年日本でインドネシア人が日本人に対して起きてもおかしくない,と思っています。

2) 日本と現地で大きく違う部分
とはいえ,工業国としてタイやインドネシアが世界のトップになるためには,労働者の「裾野」(協力会社や現場作業員など,労働集約的な分野)のレベルをどのように上げるか,が課題になってくると思います.海外と比較して日本の優位性の1つはこの「裾野」のレベルが高く,そこまでシステム投資をしなくてもそれなりによいものが作れてしまっていた部分があります。また,現地で工場に行く道すがら窓の外を見ていると,高速道路で現場作業をしている人が危険なことを平気でやっているので,このあたりの底上げはまだまだ時間がかかりそうです.ただ,この「裾野」の部分,日本はこれまで就職氷河期と長い不景気で高いレベルの教育を受けてきた人が産業に安く供給されていたことが強さの源泉であり,少子高齢化で若い人が低生産性分野へ行かなくなり,公教育への投資が少なく,全般的な教育レベルも下がってきている現状を考えると,日本のレベルが下がっていき,東南アジアのレベルが上がってくることで10年 – 20年程度でほぼ同じになってもおかしくはない,と感じています.「日本のレベルが下がって揃う」はあまり考えたくはない未来ではありますが,現実と今のトレンドを見る限り可能性は高いでしょう。

3)日本ができること
 「今の日本の技術が進んでいるから発展途上国に教える」、みたいな態度ではもう東南アジアにはアプローチできなくなっている感じがあります。20年前、学生時代北京で短期の語学留学をしていたときに現地の学生と交流して感じた「後少しで抜かされてもおかしくない」という感覚と近いものをタイやインドネシアで感じました。そうすると日本が現地に提供すべきなのは課題先進国としての経験(経済が成熟する中でどのような課題が生まれ,どのように産業が苦しめられてきたか,また今から昔に戻って何かできるのであれば何をやっておくべきだったか)を伝え、日本と同じ問題を繰り返さなくてもよいようにすることかもしれません。例えばタイでは現地スタッフとの懇談の中で、「最近の若い人は工場に就職したがらない」という発言があり、日本と同じ問題が起き始めていると思いますし、日本は不景気と就職氷河期に甘えて会社が働く場所としての現場の魅力向上を怠ってた部分があるので、同じ轍は踏まないようにしてほしいと思っています。さらに,産業の「裾野」を支える人材のレベルをどのように高めていくか,は日本が海外の現場を過去の経験に基づきサポートしつつ,日本国内でこれから必要になってくるであろうこと特定して準備を進めていく,くらいの気持ちで関わっていかないと相手にもされなくなるかもしれません。

特にインドネシアでは,年率5%で最低賃金が上がっていて,数年で給料が倍になる,という環境のようで伸びていて勢いのある社会はいろいろ問題があっても成長しているという実感が困難をなんとかしてしまう強さ,というのを感じました.この勢いは肌で感じておかないとなかなかわかりにくい感覚だと思うので,特に日本の現役世代は各国の産業を支えている層との交流を今こそ持っておく必要があると思いますし,結局世界の中で今日本が何を提供できるのか,についてはしっかり棚卸しと言語化をしておかないと,日本だけが置いて行かれるということになるかもしれません。

写真はインドネシアでホテルから工場に向かうときの様子です.少し都市部を離れるとインフラが脆弱で,こういう状況で車が「普通」に走っています.製品設計で「日常的な環境」を想定するときも,世界が相手になると我々の常識外のことが「普通」だったりするので要注意ですね。

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