Members Column メンバーズコラム
身体を使った制作と作業空間
嶋崎エリ (デザインQ) Vol.642
こんにちは。私はフリーランスでデザインを制作する仕事をしています。フリーランスであることを人に伝えると「フリーランスは自由な働き方ができますよね」と、言われることがしばしばあります。それは主に、仕事をする「場所」についてです。実際、私の場合その通りかもしれません。仕事ができる作業空間は、自宅事務所、取引先や出張先、はたまたカフェや旅先などなど…。特定の場所でなくても、コンピュータとインターネット通信があれば、対応できる仕事も多くあります。しかし、あらゆる場所で遊牧するように仕事ができることは、たいへん便利そうではありますが、実際のところはそうでもありません。自分の固定の作業空間(私の場合は自宅につくった事務所スペース)で仕事をすれば、周りの雑音に気を散らせることもありませんし、仕事に必要な資料や書籍は目の前の本棚にあります。もちろん守秘すべき業務上の内容が出歩くリスクだって防げます。こういった便利そうに思えても、便利ではない事実のほうが多く、「ここが私の作業空間(=仕事場)である」と決めた場所以外では、仕事をすることは殆どありません。
いま、私がこのコラムを書いているのは2023年の4月です。コロナウィルス感染症の流行は収まりつつあり、パンデミックで余儀なくされた「ステイホーム(自宅で過ごそう)」期間についても少し遠い記憶のように感じてしまう程、人々の往来も普段通りとなってきたところです。そんな今となって、その期間を振り返ると、もともと仕事場は自宅であるため従前通りでしたが、取引先が事業所での業務を在宅ワークへ切り替えたことに伴い、打ち合わせはオンラインとなり、双方が対面するために費やした移動時間がなくなったことから、私も更に自宅の作業空間で過ごすことが増えることとなりました。移動に費やす時間がなくなるということは、その時間を「何か」の活動に代えることが可能です。休息、睡眠、趣味、遊び、勉強など、対面でなくともできる「何か」、移動時間の制約のない「何か」を考え、実行する機会ともなりました。
私は、ここ数年「身体を使った制作がしたい」「自身にとっての新しい技術を学びたい」という想いがありました。普段の職業としての制作(主にグラフィックデザイン)では、コンピュータを使って制作をしていますが、身体を意識して制作することは、それほど多くはないのです。ごくたまに身体を意識することがあったとしても、それはキーボードのタイプミスに気づいてキーボードを打ち直す時であったり、肩が凝ったため姿勢を伸ばしてみたり、モニター画面を見続けて目が疲れてしまい目を休めるというようなところです。これらは普段の「呼吸」を「深呼吸」に変えてみる感覚に近く、また常に癖づいて、動作として身についているものです。では、私にとっての「身体を使った制作」とは、どういうことかというと、手を動かし、道具を使い、手で素材を掴み、足で踏んだり押さえたり、皮膚でテクスチャーや温度を確かめたりするといったことです。それらに加え、自分にとっての新しい技術とは、絵画制作、彫刻、陶芸などの「芸術」や、料理や裁縫など「生活に必要な術」のことを考えていました。
そんな「身体を使った制作」「自分にとって新しい技術」を自分に取り入れるため、私は『染織』を学修することにしました。数ある技術の中から染織を選んだ理由のひとつは、染織は芸術でもあり、生活に必要な布を扱う術でもあるからです。その名のとおり、布を「染める」「織る」、染めるにも織るにもたくさんの技法があり、身体を使って制作をおこないます。例えば染め技法のひとつ「絞り染め」では、布に染める部分と染めない部分をつくってデザインします。布が染めつかないように〈防染〉する部分をつくるには、布を糸で縫った部分を強く引っ張ったり、布に糸や紐、ゴムを巻きつけて結んだりすることで、布を絞り〈防染〉します(※写真参照)。その絞る工程では、手先だけでなく全身に力が入り、強く歯をくいしばってしまう程です。また染めの工程では、布を熱い染液に浸し、布がまんべんなく染まるように、熱い染液を手でゆるやかにかき混ぜながら、布に染料を行き渡らせて染めます。さまざまな工程で力加減、皮膚が感じる温度があります。染織は身体とともに技術を会得しなければならないと言っても、過言ではありません。
私は、このような作業を自宅で行っています。染料を煮出し湯を沸かすので台所の火を使いますし、布を染め、洗う工程では風呂場も使いますし、作品のサイズが大きくなればなるほど、作業スペースを広くとるほうが何かと捗ります。私が生活する空間は、あれこれレイアウトを変更して、染織の作業空間が出来つつあります。更には仕事の作業空間へも侵食しつつあります。このように自宅での作業空間が充実すると、パンデミックが終わっても、私の「ステイホーム」はこれからが本番になるかもしれません。