Members Column メンバーズコラム

協会活動も待ちから攻めへ

西出徹雄 (一般社団法人日本化学工業協会)  Vol.220

西出徹雄

 私はいま日本化学工業協会という化学産業の業界団体にいます。学問としての化学は物理学や生命科学、環境科学とも関係が深く、材料科学を通じて多くの工学分野と結びついています。産業としての化学産業はプラスチックなど基礎素材を提供するだけでなく、LEDのランプや太陽電池、燃料電池などに機能部材を提供し、全ての産業を通じて私たちの生活のあらゆる側面と結びついています。地球と人類の未来を考える時に問題になる水、食糧、エネルギー、環境などは、化学のイノベーション抜きには良い答えはありえないでしょう。「化学産業はソリューション・プロバイダー!」というのが私たちの合言葉です。

 さて、そうした化学産業に関わる団体で仕事をしていますが、会員は企業会員177社、団体会員が79団体の組織です。化学業界はほかの自動車、鉄鋼などの業種と違い、化学製品と一口に言っても、素材から半製品、石鹸洗剤のような最終製品までその範囲、種類が多く、生産額では40兆円と自動車に次ぎ、付加価値額では16兆円と製造業ではナンバーワン。電子業界は韓国、台湾、中国に追い上げられ苦境に陥り、スマートフォンも大幅な輸入超過ですが、化学産業はまだまだ国際競争力を保っています。

 とはいえ、国内では長く続いたデフレ・景気停滞から、会員企業・団体はどこも経費節減、合理化が至上命令となり、高い会費を払っても自社の役に立つことが見つからなければ、業界団体から退会するという厳しい状況に置かれています。しかし協会の活動は、環境安全や地球環境保護の自主的活動、化学品安全の推進や次世代の人材育成など、個別企業の枠を超えた共通課題への取り組みで、この活動が会社の利益を直接生み出すわけではなく、その上、協会の委員会に出るのは各社で環境安全やCSRなどを担当している方ですが、会費の支払いを担当するのは会社の総務や経理など管理部門の方々です。この方々に協会活動の重要性を理解してもらうのはそれほど簡単ではありません。

 しかし、会員が減ってしまえば、会費が減少して本来の活動が出来なくなってしまうので、このまま放っておくわけにはいかず、私たちなりに幾つかの試みを始めています。
 その第一は会員説明会。単純ですが、まず協会の活動を知ってもらうことが入り口なので、協会の組織や主要な活動を聞いてもらう会です。年に3回ほど開催し、昨年度は東京のほか大阪、福岡でも開きました。これが新規会員の拡大にもつながればいいのですが。
 その第二は会員企業の個別訪問。協会でも営業活動?とよく言われますが、そうです!いつも窓口となる総務など管理部門の方々への個別訪問は前例がないので、最初はびっくりされ、まず会費が高い、電話の応対がなっていないなどのお叱りから会話が始まりますが、それにめげずに訪問を続けていくうち、少しずつ関心を持ってもらえる関係になるようです。そこで、第三の試みとして昨年秋からは2か月に一度のペースで定期セミナーと題して、新しい講演会のシリーズを立ち上げました。これまでも単発の講演会はやっていますが、協会の持っている情報を少し体系化し、立体的に仕立てて聞いてもらう試みです。委員会を通じての情報提供はどうしてもその時々の動きを追っているため断片的になり、長く参加していないと理解も難しいため、例えば途上国での新しい化学品規制動向についての情報は、外部講師による景気動向、広い事業環境などと一緒に提供するように企画しました。その結果、これまで委員会に参加したことのない企業の方々、中には経営トップの方まで来られるようになりました。更に昨年からはアニュアル・レポートを創刊しましたし、つながりを強化したい会員向けには2か月に1度スペシャル・レポートを作って送っています。

 今年は協会にとっても、大げさに言えば、日本の化学業界にとっても、エポック・メイキングな出来事が2つあります。1つは5月の最終週に東京で開いた国際会議。2つ目は10月23日を「化学の日」と名付け、この日を含む週を「化学の週間」として広く化学に親しんでいただくイベントを全国で展開することです。

 前者の国際会議は化学業界の世界組織である国際化学工業協会協議会(ICCA)の理事会の東京開催です。1989年に設立されてから25年になりますが、理事会はこれまで北米と欧州以外で開催されたことはありません。従来は欧米を中心に世界が回っていて日本は単にお客さんとして参加しているだけでしたが、今回はホストに名乗りを上げたということです。化学製品の生産額では、世界第1位は中国、次が米国、日本が3位でドイツが4位となり、アジアでの生産シェアが50%を超え、世界の化学製品生産の重心が大きくアジアにシフトしていることが、今回の背景にあります。勿論、この数年間、地道な国際活動に私たちがしっかり汗をかいてきたことがベースになっていますが。
ICCAの理事にはBASFやダウ・ケミカルなどグローバルな化学企業のトップが名を連ねています。今回も、世界の化学企業の売上高トップ10のうち8社のCEOを含む各地域のリーディング・カンパニーの代表が東京に集まるような会議でした。理事会はクローズドの会議のため、シンポジウムやセミナーを前後に開催して、外部への発信力を高めました。世界のリーダーたちが何を考えているかを日本にいて直に聞く機会は滅多にありませんし、日米欧のトップが公開の場で並ぶこともほとんどありません。しかし、そんな夢のような企画が今回はICCA理事会の招致という形で実現できました。日本の方々に世界のトップを引き合わせると同時に、世界のリーダーたちには日本の強みを見せたいと思いました。ご夫人同伴で200人を超す着座の晩餐会は私の協会にとっても初めてでしたが、日本の強みは何と言っても学のレベルの高さと、官との連携です。そこでシンポジウムの基調講演と晩餐会にはノーベル化学賞の先生たち4人を含むアカデミアの先生方にお招きし、シンポジウムの最後には経済産業大臣に国会開会中にも関わらず駆けつけていただきました。また6月に交代のあった経団連の新旧会長はお二人とも化学出身なので、ご参加いただきました。海外からのゲストもこれだけの顔ぶれには正直驚き、日本の各界の方々との交流を喜んでくれました。

 アボガドロ数に因んで決められた10月23日の「化学の日」、「化学の週間」についてはまだ準備のための時間があるので、学会の方々とじっくり企画を練っていきたいと思います。少なくとも10月18、19日の週末には大阪の京セラドームで子ども化学実験ショーを予定していますので、お子さんのいらっしゃる方は是非お出掛けください。

 今年の2大イベントのうち国際会議の方は成功裏に終わりましたが、無理してこんなことをやらなくても、別にすぐに困るわけではありませんから、やらずに大過なく過ごす選択肢もあったでしょう。けれども、KNSの皆さんなら十年一日の如く何もしないまま無為に過ごすより、新しいことにチャレンジする道をきっと選ぶことでしょう。ただし、テレビドラマの花咲舞ではありませんが、何をやるにせよ一生懸命やってもそれがすぐ評価されるわけでもありませんから、自分は何のために仕事をしているのだろうか、自分のやっていることは本当に意味のあることか、と考え込むこともあるでしょう。「随処作主立処皆真」はつらい環境に置かれた人の心を支えてくれる臨済禅師の良い言葉ですが、この言葉だけで自分の生き方を貫けるほど人は強くありません。そんな時に、自分のやってきたことの正しさや信念を再確認できる場がKNSのように思います。皆さん、それぞれに同じような苦労と喜びを経験してきている仲間ですから!
今回の国際会議も様々な苦労はしましたが、大きなイベントをやりきったことは、これを支えた各人の自信になるとともに、間違いなく組織の力となったことでしょう。今回の晩餐会に参加して歓談されていた皆さんの心の底からの笑顔が忘れられません。

一般社団法人日本化学工業協会; http://www.nikkakyo.org/
国際化学工業協会協議会 International Council of Chemical Associations(ICCA) ; http://www.icca-chem.org/

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