Members Column メンバーズコラム

山間地域から学ぶ「豊かな暮らし」とは?

中塚一 (株式会社地域計画建築研究所(アルパック))  Vol.268

中塚一

 みなさんこんにちは。今回のコラムは、平成25年11月にKNSin十津川村で総勢約30人が訪問・交流・意見交換していただいた十津川村のその後の新しい集落づくりについてお話させていただきます。
■十津川領と呼ばれる村
 「十津川郷は古来、日本国における所領関係の空白地だったといえるであろう、そういう意味では、『十津川共和国』というものをつくることができるし、ひるがえっていえば実態は多分にそうだったといっていい。」街道をゆくにおいて司馬遼太郎さんは、十津川村に向かう山道で、この村をそのように考えたとあります。

 僕たちの事務所では、平成23年紀伊半島大水害により被災した十津川村において、平成25年度より復興公営住宅の建設等の<住まいの復興>、住民が安心して暮らし続けるための<集落の復興>、そして移住定住の促進、地域の活力・雇用を生む<新しい集落づくり>へと、ここ数年間、継続的に複数の集落を支援しています。
 確かに、住民の方々とこれからの集落づくりについて話し合いを行う際に、誰でも参加し自由に意見やアイデアを交換できる場(ワークショップ等)と、字の代表者が集まり合議で物事を決める場(寄合等)を上手く使い分けながら、村民の方々が集落(ムラ)を運営されている姿は、君主が存在せず地域を住民が自立的に運営する「共和国」の原型を垣間見ることが出来ます。
■集落の資金でかけた日本一の谷瀬のつり橋
 集落支援に入っている谷瀬集落は、日本一の「谷瀬のつり橋」で全国に知れた集落ですが、現在の戸数は約30戸で、村外で働いて時々農作業やムラのつきあいをしている家が約10戸、あわせて40戸ほどの集落となっています。集落には、古くは昭和29年(1954年)戦後の復興期に自分たちで資金を調達し、壮大なつり橋を建設したことに象徴される「自主自立の精神」が脈々と根付いています。現在も集落内にある神社や地蔵、御所跡、神事や祭りなどについて当番制でお世話をされています。またつり橋のたもとの小さな売店「つリ橋茶屋」を集落で建てられ、急斜面地におけるわずかな田畑で毎日精を出してつくった農産品を販売されています。売上げはわずかであっても、集落の女性陣が活発に活動し、生きがい・やりがいの場となっています。このように四季折々の風景の中で、春や夏には田畑での水稲や高菜等の作付け、秋には山で松茸を採取・出荷、冬には十津川村の名産品であるゆうべし(柚子の実をくり抜き味噌やそば粉等をつめて蒸し乾燥した保存食)づくりなど、多くの作業を共同で行っておられます。
■紀伊半島大水害からの復興を契機とした新しい集落づくり
 しかし、このような素晴らしい集落であっても人口減少や超高齢化は避けられず、村民の方々は十年後・二十年後の集落の将来に対して少なからず不安を抱いておられます。谷瀬集落は平成23年の紀伊半島大水害による被害は無かったので、他集落の被災者向けの木造の平屋建ての復興村営住宅が4戸、集落の風景になじむように丁寧に建設され、このようなハードの復興事業と合わせて、住民による「安心して住み続けられる集落づくり」の取り組みが始まりました。先ずは、村民の方々が感じておられる問題点や将来の不安を話し合い、「自分が集落でやってみたいこと」「自分が集落でできること」をみんなで考え、そこから自分達で出来る数々の小さな取り組みが始まりました。(実際は驚く程の大きな取り組みでしたが(笑))
■活動のキーワードは「ゆっくり」
 「ゆっくり」とは、単に時間的にスローな事だけではなく、手間暇をかけて丁寧に暮らすこと。ソフト面を中心に支援に入られているNPOスローライフジャパンの野口さん、奈良女子大学や奈良県立大学の先生方や学生の方々など、村民の方々との祭りの準備や散歩道の清掃などを通じて共有された素晴らしい言葉です。
 谷瀬を訪れた方に、ゆっくりとした時間をすごして欲しい。集落の中をのんびり歩いて村民の方々と会話を楽しんで欲しい。四季折々の自然の中での暮らしを感じて欲しい。そんな思いを込められた「ゆっくり散歩道」。散歩道の沿道には、村民の方々が植えられた草花、谷水を生かし男性陣により復活された水車(小水力発電を行っている)、227段の石段をあがった森山神社の先につり橋に使われた板を再利用して作られた「日本一の展望台」、周辺の里山の杉材を使った水のみ場やベンチ、サインなど、全てが村民の手作りで自分達が出来る範囲で、少しずつ整備されています。
 これらの取り組みを通して、村外の方々との交流が始まりました。一般的に閉鎖的といわれる山間地域において、集落全体で「おもてなし」の気持ちで外部の人を招き入れるという気持ちが芽生えてきています。そしてこれらの活動の積み重ねが、災害後の移住者7世帯の受け入れとなり、集落づくりの目標である「谷瀬での豊かな暮らしの継承・発展」へとゆっくりと繋がっていくと考えます。
■豊かな暮らしとは?
 「都会にしかないものは何もない。でも、田舎にしかないものはたくさんある。(地域に希望あり 大江正章より)」
 都会では、お金さえ払えばコンビ二等で不便なく生活できる環境がありますが、地方の農山村ではお金があってもモノやサービスを買うお店が無く、周辺の人の支えが必要な場面が多々あります。逆に、野菜等は集落内でのお裾分け、家賃も殆ど掛からないので「小さな生業」が確保できれば、十分に暮らしていけます。(子どもの高等教育の教育費は難しい課題ですが)
 「みんなで話し合い行動する暮らし、小さな生業がある暮らし、自然と共に楽しむ暮らし」、マネー資本主義から生きていることを感じる暮らし主義へ、十津川村は改めて「豊かな暮らしとは何なのか?」を学ぶ場となっています。
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