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起業は究極の能力活性化法~千日回峰行とベンチャー起業~
森勇介 (大阪大学大学院工学研究科) Vol.254
皆さん、「社長は元気だ」、という言葉を聞かれたことがあるのではないでしょうか。実際、松下幸之助さん、盛田昭夫さん、本田宗一郎さんといった有名な起業家の大先輩は、とっても元気だったそうです。では、これは元々元気な人が社長になったということでしょうか?最近、私は社長をするから元気になったのかではないかと思うようになりました。比叡山延暦寺では、千日回峰行という荒行が有名ですが、これは10年ほどかけて、山の中をひたすら歩く修行法だそうです。その途中で、9日間、食事や水を断ち、不眠不休で不動真言を10万回唱え続けるという、普通の人間では到底出来ないことを実行されます。
また、私が色々とご指導頂いています高野山真言密教の大阿闍梨は水だけで55日断食をされています。千日回峰行や断食といった荒行をする意義は一体どこにあるかということに興味を抱き、直接お話を伺ったり、書き物を読んでいる中で、私なりの解釈ができてきました。それは、生死の境目に身を置くことで、個々の細胞が個体維持のために潜在能力を発揮させるようにしているのではないか、という仮説です。例えば、55日の断食をすると、感性が研ぎ澄まされ、線香の燃える音や灰の落ちる音が聞こえるそうです。また、山の中を歩いていると、動物としての本能が研ぎ澄まされ、普通の人間が歩けない獣道を素早く移動できるとともに、「一木一草の姿が日々違う(1日分だけ草が伸びている)こと」にさえ気づくそうです。
私は2005年に仲間と大学発ベンチャー株式会社創晶を起業し、代表取締役に就任いたしました。最初は極めて順調だったのですが、リーマンショックの時に大赤字を出しました。その時の、「このまま赤字だったら倒産する」という恐怖・不安はどう考えても理屈では消せません。来年度が黒字になる保障は全くありませんが、結局、覚悟を決めて、目の前の事業を前向きに一生懸命するしか方法はないのです。お蔭様で、現在では、その赤字も解消しています。その後、以前だったら躊躇していたと思われる難題に対しても、最後は何とかなるから大丈夫、と気楽に挑戦している自分に気付きました。この経験から、危機のお陰で潜在能力が活性化されたのではないかと思うようになりました。結局、人間は、危機とその解決の繰り返しで成長していくように思います。パナソニックやソニー、ホンダといった大企業も創業間もない頃は、何度か倒産の危機があったようですが、その度に、創業者が感性を研ぎ澄ませて、何とか危機を乗り切ったと思います。一方、一旦大企業になってしまい、責任の所在が不明確になり、自分が多少サボっても倒産しないだろうと思ってしまうと危機感を感じなくなり、所謂大企業病に陥ってしまうように思います。この解決法として、稲盛和夫さんが提唱されておられますアメーバー経営が個々の単位で危機感を感じる仕組みとして効果的だと思います。
このような経験から、私は、本当の危機感を味わえる起業は、荒行にも匹敵する究極の能力活性化法だと思うに至りました。また、人生で初めての倒産という危機に遭遇したときに、失敗したら怒られるというトラウマがあると、パニックになって右往左往して、本当に必要なことが出来ず、悪い方向に行ったのではないか思います。起業前に、カウンセリングを受けて、危機だけれど努力すれば何とかやり切れるだろうと心から前向きになれた、ということもとても重要であったかと思います。格闘家のヒクソン・グレイシー氏も恐怖心は味方、不安は敵と仰っています。これは、恐怖心は「何とかしよう」と冷静に対策を検討できる心で、不安は「もう駄目じゃないか」と諦めてしまう心を言っているように思います。格闘技でもビジネスでも、どんな状況でも諦めずにあらゆる工夫を続けると普段では思いつかなかった解決策が閃くのだと実感いたします。
社長は会社のリーダーとして日々活動しなければなりません。リーダーの仕事でもっとも重要なことは、味方を増やすことだ、というお話を高野山大阿闍梨から伺いました。リーダーが目的遂行のために強いリーダーシップを発揮しているように見えても、ただプレッシャーをかけるだけだと周囲の人達が辛くなって、最後にはリーダーから離れていってしまうという失敗例は良く有ることかと思います。また、能力が足りないという理由で、組織から切り離しに掛かるようではリーダー失格です。社員の方がミスしたときに、カッとなってしまうのも、トラウマが原因です。高野山大阿闍梨から、「起こったことは全て必然なので、どんなことでも楽しんでやりなさい」とも教えて頂きました。どのようなことでも本心から受け入れて、許せる「慈悲の心」を常に持てるようにすることが重要だそうですが、そのためには、自分のトラウマの整理整頓が不可欠です。起業というのは、どんな危機でも楽しんで前向きに対応出来るための心の訓練と実感します。
高野山や比叡山の荒行の真似事をしたくなり、2013年7月に高野山で得度し、2014年6月に大峰山での山伏修行に参加いたしました。その時の写真を掲載します。まだまだ実際に荒行を実践できるような境地には到達していませんが、少しずつでも精進して参りたいと思っております。