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栃木・日光ひとり旅

松田きこ (株式会社ウエストプラン)  Vol.696

このコラムでは毎回旅のことを書いています。私はライターという職業柄、遠方での取材も多く、出張のついでに足をのばすひとり旅を楽しみにしています。昨年は、余市(北海道)、雲仙(熊本)、ニューヨーク(米国)、そして今回紹介する日光(栃木)がそれでした。

小学生の頃、父の仕事の関係で栃木県宇都宮市に住んでいたことがあり、日光は遠足などで行く身近な場所だったんです。大人になってから仕事で何度か訪れたことはあったものの、あわただしい移動ばかりで心残りがあり、紅葉が始まる直前の日光を楽しみました。

 

■日光下駄の職人さんを訪ねて

そもそもの目的は日光下駄の職人さんを取材すること。日光下駄とは、足にあたる部分が草履、下が下駄というもので、今これを作っているのは、日光市内に住む伝統工芸士の山本政史さんとそのお弟子さんだけだそうです。すべて国産の材料を使って、一点一点オーダーメイド。歯が特徴的で、原型はハの字の形に広がっていることで、雪が付きにくく坂道でも安定して歩けるように計算されています。草履の下に普通の下駄をくっつけたわけではないんですね。

 

この下駄ができた理由は、日光東照宮にあります。江戸時代、日光東照宮のような格の高い社寺を参拝する時は草履を履くのがきまりでした。でも、坂が多く冬に雪が積もる日光は草履では歩きづらい。そのため、草履の下に下駄を付けた「御免下駄」が作られ、大名や神官、僧侶の正式な履物とされました。それが明治になって改良されて、庶民も履くようになり、「日光下駄」として現在に受け継がれています。

 

■いろは坂から中禅寺湖、旧英国大使館別荘へ

取材を終えた後、一人旅の宿は中禅寺湖畔の温泉旅館です。中禅寺湖はJR・東武「日光」駅から車で約30分、男体山(なんたいさん)のふもとにあります。ここに行くには、有名ないろは坂を通らねばなりません。標高差は440m、上りが20カーブ、下りが28カーブ、計48ヶ所の急カーブがある坂です。子どもの頃、日光というと「車酔い」という記憶があり、同世代以上の人と話すとほぼ同じコメントが返ってきます。ところが今回は、なんともなく目的地に到着。何十年の間に車の性能が格段に良くなったこと、度重なる工事でカーブがゆるやかになったことがその理由のようです。

 

中禅寺湖は日本一標高の高い湖で標高1300m。そのため、夏でも涼しく、明治時代には避暑地として外国人が訪れ、別荘を建てる人も多かったそうです。その一つである、旧英国大使館別荘を訪ねるのも旅のプランに入れていました。ここは、明治維新に影響を与えた英国の外交官アーネスト・サトウ個人の別荘として建てられ、のちに英国大使館別荘として使われていたものを復元したそうです。館の中は、アンティーク家具が置かれて優雅な雰囲気。この日は青空が広がり、2階の広縁から見える中禅寺湖の美しさは感動ものでした。年間を通して青空が少ない日光でこんな景色が見られるとは…喜びもひとしおです。

 

広縁に面したカフェ「南4番Classic」では、駐日英国大使館シェフが監修したスコーンが定番メニュー。プレーンと木の実(クルミ、アーモンド)、二つのスコーンにたっぷりの栃木県産ジャムとクロテッドクリーム。紅茶はダージリンを選んで、ゆっくりしたティータイムを過ごしました。

 

■あこがれの日光金谷ホテル

2泊目は150周年を迎えた「日光金谷ホテル」。現存する日本最古のリゾートホテルに、一度は泊まってみたかったのです。

歴史を史料からたどってみると、金谷家が宿をすることになったきっかけは、宣教師で医師で、「ヘボン式ローマ字」の発案者で、明治学院の創立者のへボン博士(アメリカ人)が自宅に滞在したことでした。明治初期には外国人が泊まれるような宿はなかったんですね、金谷家は、東照宮の楽人で笙の奏者の家系。博士のすすめで1873年(明治6年)、避暑を求めてやってくる外国人に部屋を貸す「金谷カテッジイン」を始めました。イギリス人の旅行家イザベラ・バードが滞在して、帰国後「日本奥地紀行」というガイドブックを発行。その本をきっかけに多くの外国人が日光を訪れるようになり、1889年(明治22年)、金谷家の当主は東照宮を辞して宿泊業に専念します。アインシュタインやリンドバーグ、建築家のフランク・ロイド・ライト、ボーイスカウトの創始者ベーデン・パウエル、あのヘレン・ケラーのサインも宿帳にあるんですよ。

 

ホテルに着いて、ドアマンの誘導でレトロな回転ドアから中に入ると重厚でクラシックな雰囲気は想像以上。随所に趣のある調度品が置かれている様子はクラシックホテルならではで、さっそく館内ツアーに参加しました。玄関回転扉上の「三つ爪の龍」、「想像の象」「三猿」「眠り猫」など、日光東照宮との縁を感じさせる彫刻が目に留まります。

2階に上がると開業当初から使われているメインダイニングがあり、天井や柱にも豪華な装飾。そして小食堂の天井に描かれた花鳥風月、柱頭の牡丹の装飾など、時を経てなお美しい魅力を放っています。天井画の花鳥風月にある蝶の絵は、1枚だけ触覚がないと教えてもらいました。これは自分だけでは発見できません。

 

別館ROYAL HOUSEに宿泊して、メインダイニングでディナー、バー「デイサイト」でカクテルを飲む、という、コロナ禍でじっとしていた分を取り戻すような、贅沢な旅となりました。のんびりとその土地の空気を体感できるような旅はいいですね。今年も各地に行こうと思っています。 

 

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