Members Column メンバーズコラム

ITによるゆでガエル

吉田耕治 (合同会社キックティー 代表社員)  Vol.677

 「ゆでガエル」とは、危険が迫っているにもかかわらず変化がゆるやかなため気がつかず、気づいたときには手遅れになっている、という状況をあらわす言葉です。SNSやAIは実に便利なツールで人々がそのリテラシーを養う間も与えられず瞬く間に広がりました。そのスピードは「ゆでガエル」の温度変化の様に緩やかでは無いけれども、使う人の心を少しずつゆっくりと蝕んで行き気が付いたときには二進も三進も行かなくなっているのではないかと危惧し、この拙文を投稿する次第です。
 私は今を遡ること約50年前に京都大学工学部情報工学科の第5期生として門を叩きました。当時の友達との会話で、「情報工学って何やるん?」「さあ、新聞配達ちゃうか?」という実にくだらないやりとりをいまだに覚えています。もちろん教室にいるより雀荘にいる時間の方が長く、午後3時のバスに乗って吉田キャンパスの時計台から宇治のグラウンドに行ってラグビーをやるという学生生活を専ら送り、人が4年で卒業するところを5年かけて卒業した。「情報工学」という言葉の響きがどこか誇らしく、電車の中でこれ見よがしにプリンターが出力したスプロケットホイール付きの紙を広げて顔をしかめたりして悦に入っていました。
 当時のIT環境と比べるとこの50年で目を瞠るばかりの進歩/技術革新で我々の日常生活は大きく変化しました。因みに石器時代の人類は木の棒の先に尖った石を括りつけた道具(斧?)を80万年間使い続けたそうです。50年前ですら入力媒体は紙カードや紙テープ。入社して最初の仕事はコピーした紙テープに間違いが無いか目視で確認するというものでした。研究室のミニコンのメインメモリーは64KB、通信速度は300BPS!キャラクターディスプレイに流れるメッセージが指で追えました。
 それが今や私のiPhoneには64GBのメモリーが積まれ、5Gのネットワークでは20GPSの情報が流れます。一体この差は何だろうと考えてしまいます。特に最近のSNSやAIには、生まれついての天邪鬼のせいかあるいは加齢によるものかはたまたその両方なのか、やや斜に構えて見てしまいます。
 特にイライラするのが、
 ・美術館で人の顔のすぐそばでパシャパシャとスマホで写真を撮るやつ
  →そんならショップで図録を買ってとっとと帰れ!絵画は実際のマチエールを楽しむために美術館に行くんだ!
 ・丼屋でお店の人が気を利かして温かい汁ものを先にどうぞと言って出してくれているのに、一向に手を付けずに全部揃うのを待って徐にスマホで写真を撮るやつ
  →汁ものが冷めるやろ!そもそも料理人に失礼やないか!
 ・「インスタ映え」を狙って奇を衒う盛り付けをするあざとい料理店
  →どうせ味はたいしたこと無いやろう!第一そんな店行かへんから知らんけど…

 昔はコスパ(コストパフォーマンス)と言って価格に見合う価値があるかどうかを評価の尺度にしていましたが、今はタイパ(タイムパフォーマンス)でとにかく時間をかける価値があるかどうか、何なら映画を早回しで観て本数を稼ぎ周囲の話題に付いていける様にするそうです。インフルエンサーという人がいていわゆる「推し活」をSNSで発信してモノやサービス、はたまた生活スタイルまで広めるのだそうです。
 しかし、竹田ダニエル氏の「#Z世代的価値観」を読むと最近潮目が変わりつつあり、インフルエンサーの活動をけん制するデ・インフルエンサーという人たちが積極的に発信し若者に支持されているとあります。つまり、最初はインフルエンサー本人の価値観でいろんなことを発信していたものが、フォロワー数が増え媒体としての価値が出てくるとそれに乗っかろうとする企業が出てきてお金を積んで自社の製品/サービスの普及を図ろうという動き(ステルスマーケティング)です。それに目聡く気が付いた若者はそのウラを暴いて逆に支持を得ているという構図が展開されているそうです。
 AI、特に生成AIは実に便利で、私も最近仕事で使ったりします。しかし、これも一歩間違えば大変なことになります。出荷の際の外観検査を画像認識AIを使って精度や効率を上げようという動きがありスタートアップも続々参入しています。この際に不良品の情報をAIに教え込む必要があるのですが実際にはそんなに不良品が出るわけではありません。そこでどうするかというと不良品の画像を生成AIに作らせて画像認識AIに学習させようという動きが主流になりつつあります。
 この動きをインターネット上の情報に適用するとどうなるのでしょうか?今インターネット上にある情報は言わば「生身の」人間がせっせとキーボードを叩いてアップした情報です。これを生成AIがせっせとかき集めて学習し整理して我々に提示してくれるのですが、「生身でない」ロボットが意図で捻じ曲げた/正しくない情報を大量にインターネット上に吐き出し、生成AIがあたかもそれが「正しい」情報であるかの様に我々に提示する状況を考えるとゾクッと寒気がしてしまいます。
 ここへ来てようやくガイドラインづくりに着手したようですが、カエルが茹で上がらないうちに浸透することを祈るばかりです。
 拙文に最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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