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igamonochanの今日の修行 – 忍んでも忍びきれない伊賀忍者の里から –

川部千佳 (伊賀市)  Vol.539

川部千佳

 皆さん、すっかりご無沙汰しています。伊賀のくノ一Igamonochanこと伊賀市役所観光戦略課の川部千佳です。この度、東海支部の中村さん、大橋さん、谷さんのご推薦でKNSに復帰させていただき、また、東海支部世話人の大役も仰せつかることとなりました。以後、よろしくお願いいたします。
さて、KNSと伊賀の関りは深く、あの伝説の忍者コスプレミーティングのKNSin伊賀など幾度となく開催いただいたことをきっかけに、伊賀のファンとなり、今も変わらず応援いただいておりますことに深く感謝申し上げます。
伊賀をご存じないメンバーの方もいらっしゃると思いますので、改めて伊賀のご紹介を簡単に…。
伊賀ってどこやねん?って思っていらっしゃる方もいると思いますが、大阪と名古屋のちょうど中間地点にあり、北は滋賀県、西は京都府、奈良県と接しており、ほぼ関西です。関西テレビでアナウンサーをしていた市長はその昔「伊賀は関西!」というステッカーを作って活動していたほど、多くの伊賀者は自分は関西人だと思っています。

伊賀には京都・奈良や伊勢を結ぶ大和街道・伊賀街道・初瀬街道があり、古来より飛鳥、奈良、京都など都に隣接する地域として、また、交通の要衝として、江戸時代には藤堂家の城下町や伊勢神宮への参宮者の宿場町として栄えてきました。
江戸後期の安政の大地震までは淀川の源流である木津川による水運も行われていて、大阪との行き来も多くあったようです。桜の通り抜けで有名な大阪造幣局の桜は、伊賀の米を納めていた藤堂家の大阪蔵屋敷の堤に桜を植えたのが始まりだそうで、伊賀と大阪の縁を感じます。また、よく滋賀県の方が「水止めたる – 。」と冗談に使う近畿の水がめ「琵琶湖」は実は440万年前に伊賀で誕生した大山田湖が移動したといわれており、伊賀と関西・近畿とのつながりが感じられる歴史です。
このように地理的・歴史的な背景から京・大和文化の影響を強く受けながらも独自の文化を醸成し、伊賀流忍者や俳聖松尾芭蕉、観阿弥・世阿弥や横光利一のふるさととして、また、吉田兼好ゆかりの地としても知られている伊賀市ですが、豊かな自然と農林業の景観や温泉などの自然資源、伊賀上野城・伊賀流忍者博物館・芭蕉関連施設などの歴史文化資源、ユネスコ無形文化遺産に登録されている上野天神祭をはじめとする地域の歴史ある祭り、また手組み紐が全国生産の大半を占める伊賀組紐や1250年余りの伝統を誇る伊賀焼等の伝統的産業など、独自の文化を形成してきた伊賀特有の資源が数多くあり、歴史文化の薫る地域となっています。
このように多種多様な観光資源を有していることから「藤堂藩の城下町」「松尾芭蕉生誕の地」「観阿弥生誕の地」と伊賀には多くの言葉が冠せられますが、今、一番注目を集めているのは「伊賀流忍者発祥の地」伊賀ではないかと思います。
伊賀には、戦国時代を感じる中世城館跡が多く残り、忍者たちが修練の場とした山々が里を囲み、結集し合議の場とした鎮守の杜など、現代においても忍者の気配を感じることができる歴史遺産が、あちらこちらにたくさん残されており、まさにリアル忍者のストーリーを体感して頂けます。この「忍びの里伊賀」をフィールドとした「忍者の心・技・体」を体感できるプログラムを展開していこうと「忍者が駆け抜けた山を走る」をコンセプトに、「NINJA TRAIL RUN」を開催するなど、訪れた人が満足できる多様な観光地づくりを進めています。KNSの皆さんの中にも走るのが大好きな方が多くいらっしゃると思います。ぜひ、コロナが収束したら、伊賀のお山を駆け巡りにお越しくださいね。
また、市内には三重大学が「国際忍者研究センター」を開設されており、これまでアクションやイメージが先行していた忍者を学問的に研究していただいたり、忍者の真実を探求するような機会も増えてきています。
「忍者」というキーワードを入り口、切り口にして、伊賀のたくさんの観光資源、地域資源をもっと知っていただき、多くの方にこの地を訪れていただきたいと日々考えている私ですが、実は私にも忍者のDNAが受け継がれているようです。とはいっても先祖が忍者だったとかではなく、日常的に受け継がれている忍者の行いをご紹介したいと思います。
先ずはあまりいい面ではないですが発信下手なところ。
忍者は元々、情報を持ち帰ってくるのは得意でしたが、情報を外に出さないというのが常でしたので、そのDNAといいましょうか、発信下手で伊賀の魅力をなかなか伝えきれていないという現状にあります。これは今の業務柄あまり宜しくないのですが…。
その他にも知らず知らずのうちに実践していたことが実は忍術書にかかれていることだったということが多々あります。
私は山登りを趣味としているのですが、伊賀に隣接する甲賀に伝わる「甲賀隠術極秘」には「先ず修行の第一は儒書、軍書等を数多く読み、何事も博く学び、山野を歩行し、寒暑を厭わずして、夜道をなし、深夜にも高山に登り、厳寒と雖も幽谷に降り、寒中と雖も怠りなく身をこらし、鍛錬を修行の第一とす。」とされています。
そうです。好んで行っている山登りや読書など日々の生活すべてが修行だったのです。
また、忍びはコミュニケーション能力が高かったと言われていて、別の忍術書にはこうも書かれています。「大忍の大事。伊賀伝に曰く、忍びの勝を要せば、平日すべて諸国へ手寄りをわけ和音をこしらへて、万事通達自由になしをくべし。」そう、日頃から諸国に知人を作り、情報網を築いておくことが大事とされていています。私がこうしてKNSに参加させていただいていることも実は忍者としてネットワークを構築する大事な修行であるのです。また、「酒に不和なき事。」との記述もあり、お酒の席では不和がないので、人に向かって言いたいことは酒を飲みながら言おうとも書かれていて、まさにKNS「必ず、飲んで、騒ぐ会」なのです。もうここまで来たら出来過ぎの感さえあります(笑)
伊賀の忍びは、あるときは火薬や薬草の知識のある科学者であり、人の心をつかむことのできる心理学者であり、強靭な身体能力を持つという、あらゆる面でスペシャリストでした。様々な忍術を行うには「正心(せいしん)」、正しい心を持たないといけないと伊賀と甲賀に伝わる忍術書「萬川集海」に書かれています。
仕える人に忠誠を尽くす、私利私欲のために習得した技を使ってはいけない、煩悩を捨て、迷いを打ち消し、技術を駆使するとされ、伊賀の忍びはそれを守っていたそうです。この正心の項目には他にも「いつも笑顔でおだやかでいること。」や「善悪の判断を身につけ、騙されないように気をつける。」とも書かれていて、現代の私たちにも通じることが書かれています。
いかがでしょう。私の日常は実は伊賀忍者としての修行だったのです。
この忍者のバイブルとも言える忍術書「萬川集海」には、忍びとしての必要な十の要素も書かれています。
心身健康な者。平素柔和で、義理に厚く、欲が少なく、理学を好んで、行いが正しく、恩を忘れない者。弁舌に優れて智謀に富む者。表裏のない善人。諸国を廻って諸所の国ぶりをよく知っている者。さまざまな諸芸に通じている者…などなど忍びとして必要な要素は、どのようなことが起こっても臨機応変な対応ができる「知恵」、さまざまな情報を覚えておく「記憶力」、人と仲良くなって情報を得るための「コミュニケーション能力」が必要ということです。現代に生きる私たちにとっても大切なことですね。
よく、映画やアニメなどでは手裏剣をシュシュシュシュと投げたり、刀で戦っていたりしますが、戦うのは余程の時、命の危険があるときで、情報を持ち帰るために「生きる」ということが最大の忍務だったのではないかと思います。
コロナ禍の大変な状況の中、世の中は大きく変化し、その渦の中に引き込まれそうになっていますが、生き生きて生き抜くことを旨とした忍びの生き方から学ぶことは多くあるのかもしれません。
ぜひ、伊賀の里に自分を見つめ直す修行にお出かけいただければと思います。また、私の日々の修業はフェイスブックやインスタグラムでご覧いただければ嬉しいです。
これからも一人前の忍者を目指し、日々、精進してまいります(笑)
どうぞ、よろしくお願いいたします。
(参考文献:山田雄司「忍者はすごかった」幻冬舎新書、2017年)

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