Members Column メンバーズコラム

100年時代における弱くつながることの大切さ

財前英司 (関西大学)  Vol.499

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― お前はNBAに行ける ―
富山県の中学でバスケットボールを始めたある中学生に対して、こう言い続けていたコーチがいました。そして、この中学生は9年後、この言葉を実現することになります。2019年6月。世界最高峰のバスケットボールリーグであるNBAに日本人で初めてドラフト1巡目の指名を受けたのです。彼の名前は八村塁。現在、出演している銀行のテレビCMで「信じられないことは、信じることから生まれる。」と彼が言ったとおり、コーチの言葉を胸に自分を信じ続け、努力を続けてきた結果と言えるのではないでしょうか。
実際に八村選手はドラフト指名直後のインタビューで「まず、誰に感謝したいですか?」と記者から問われた際、「まずは中学時代のコーチに感謝したい。彼が最初に『お前はNBAに行ける』と言ってくれて、それをずっと信じてやってきた」と述べています。

ところで、八村選手に「NBAに行ける」と言い続けたコーチは彼が通う中学校の教諭ではありませんでした。普段は別の仕事をしながら、休みの日にバスケットボールを教えていた外部のコーチです。毎日、バスケットを指導する先生と生徒という「強いつながり」ではありません。この外部コーチは練習に来た際、八村選手にNBAの選手や技術についての「情報」を与えつつ、彼が素晴らしいプレーをすると「マイケル・ジョーダンみたいやな」と励ましていたそうです。

私は今の仕事柄、学生や社会人、個人事業主や経営者などから大小様々な起業の相談や新規事業の相談を受けていますが、その際に気を付けていることがひとつあります。それは、どんなアイデアや構想にも最初に「イイね」「面白いね」と言うことです。その後にアイデアを実現するための方法について、一緒に考えていきます。
そもそも「起業が成功するかどうか」の方法は人それぞれです。唯一の成功方法というものはなく、うまくいくかどうかは所有するリソース、状況やタイミング、そして運の要素も大きく影響しています。ですので、アイデア段階で事業の良し悪しを判断したり、否定するようなことは原理的にもできませんし、していません。(むしろ他人がすぐにわかるようなアイデアには価値がないことが多く、理解されず反対者が多いほどイノベーティブなアイデアであると言えます)

このように起業の相談においては、オープンに、気軽に、フラットに好きな時に相談に来て良い、無理強いしない「弱いつながり」を意識してきた結果、自己肯定感を持って、自らの意思で積極的な行動を起こしていく相談者が増えてきたように思います。
一方、家族や親友のような「強いつながり」の方々に起業や転職の相談をした場合、距離が近ければ近いほど、心配の度合いも比例して大きくなります。そのため、「やめときなさい」「失敗したらどうするの?」といったリスクやデメリットが優先的かつ強調されるわけです。社会の動きが今ほど流動的でなく、固定的で変化の少ない時代においては、むしろ「強いつながり」が大事でした。確かに、時には面倒なこともありましたが、このような強いつながりと引き換えに私たちは守られてきたし、安心や安定を手に入れてきたとも言えます。
しかし、現在のような流動的で変化が多い時代においては、新しいことを始める際のキッカケとして、はたして「強いつながり」はどこまで有効なのでしょうか。

今まで述べてきたような「弱いつながり」や「強いつながり」といった話。同じようなことはすでに誰かが考えており、体系化されているものです。調べてみると、ご多分に漏れず、1973年にマーク・グラノヴェッターという人が「弱い紐帯の強さ(The Strength of Weak Ties)」理論というものを発表していました。要点としては、イノベーションの種となるような多様でユニークな情報を得るためには、家族や親友や会社の同僚のような「強いつながり」よりも、むしろ飲み屋で仲良くなった知り合い程度の「弱いつながり」の方が有効だという理論です。

では、このような「弱いつながり」はどのように作っていけば良いのでしょうか。
夜な夜な飲み屋を渡り歩き、流しのようにさすらいながら知り合いを増やしていく。この方法は体と財布に優しくないでしょう。色々な方法がありますが、ひとつには今いる環境を変える、もしくは広げていくことが良いのではないかと思います。

私たちはどのような環境に属しているか。所属する組織や環境にとても影響を受けていますし、環境によって自己を規定してしまいがちです。例えば、みなさんが自己紹介をする時には、会社名や所属を名乗ってしまっていませんか?
スペインの哲学者であるオルテガは著書の中で「私は、私と私の環境である」と書いています。つまり、人は「環境の生き物である」ということです。私たちは「私」だけで成り立っているのではなく、私以外の他者との関係性や環境の中で「私」が定義されるということです。つまり、「私」は他人や身の回りの環境も含めて、「私」であるわけですから、「私」の人生を充実させたいのであれば、多様な色を持った人と弱くたくさん繋がるような環境に身を置いていくこと。そうすれば、自分にとって必要な「情報」に触れる機会が増えてきます。それが、これからの人生100年時代をきっと色鮮やかに、充実したものにしてくれる、ひとつの方法ではないでしょうか。

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