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今の私は冬ごもりするさなぎみたいです

吉村哲郎 (大阪国際鈴江特許事務所)  Vol.628

吉村哲郎

こんにちは。弁理士の吉村哲郎です。

 この原稿を書いている時点ではコロナ第8波真っさなかです。新型コロナウィルスの感染は2019年末に始まったそうですが、それから3年が経過する間に社会は一変したなと感じます。

 例えば私たち知財の世界で言えば、翌2020年以降の特許出願がはっきり減少しました。原因はもちろん明らかではありません。でも、テレワークにより技術者の皆さんが互いに顔を合わせる機会が減ったことが新たな発明を妨げたのではないかと私は考えています。

 特許出願が減少したため、私が勤務する特許事務所では時短営業が行われました。テレワークも実施されました。コロナ流行までは残業して仕事するのが珍しくなく、生活リズムに小さくない問題が生じることもあったのですが、コロナ流行以降はそれらが一掃されました。夕方の早い時間に勤務先を出て家路につくことは珍しくなくなりました。身体に無理をさせて仕事をすることもなくなりました。

もちろんその分だけ業績は悪化しました。特許事務所によって給与体系は異なるのですが、給与の原資が出願その他に対する手数料という点はどの特許事務所も同じです。なので、業績の悪化は結局のところ各々の収入の悪化につながります。収入低下どころかそもそも職が危うくなってもおかしくなく、万が一が頭をかすめます。

 近々コロナは第5類に引き下げられてインフルエンザと同じ扱いになるとのことです。それによってコロナの流行が収束すれば出願の需要が昔のように回復すると言うならば、事態はまだマシです。

 実は、コロナの影響を受ける日々を過ごすうちに「特許を取得して自社の技術を防衛する」という意識自体が減退するのではないかと心配するようになりました。そうなったら特許出願の意欲はますます減少することでしょう。

 企業から特許出願の意欲が消えるのか、消えるとすればそれはなぜなのか、消えたとき企業は代わりに知財について何を求めるのか、そういうことを日々考えるようになりました。その答えは今でも見つかっていないのですが、色々と取り組んだ結果として「これはほぼ間違いない」と思えることはあります。

 一つは、訴訟に関する知識は当面あまり求められないだろうと言うことです。理由はいくつかあります。そもそも訴訟になることを未然に防止するような取組が求められるのがその一例です。

 もう一つほぼ間違いないと思えるのは、「知的財産で利益を得るためにどうすれば良いのか」こそ求められると言うことです。「知的財産権を得るためにどうすれば良いのか」ではありません。知的財産です。つまり損害賠償やロイヤリティーで利益を求めることに向けられる企業の関心はさほど大きくなく、それより製品(具現化された知的財産)で利益を得るにはどうすれば良いかの方に大きな関心があります。

 これらの点が意味することは、相当な専門知識の補充が必要と言うことです。しかも知的財産法より経営学経済学関連の専門知識です。それらの知見と知的財産の特性とをリンクさせることが現状の打開に欠かせないと考えています。

 そんな補充が必要ならどうするかと言いますと、自宅にこもって勉強をするということになります。自宅の代わりに某ファーストフードを利用させて貰うこともありますが。ちなみに弁理士試験の受験生時代は某ドーナツショップをよく利用させて貰いました。当時の当該ショップは落ち着いた雰囲気でしかもコーヒーのお代わりを店員さんが持ってきてくれ、長居がしやすかったのです。

 閑話休題。じたばたと勉強するうちに少しずつではありますが新たな視野を持てるようになりました。例えば、以前とある会社からメキシコ特許出願の依頼を受けたことがあります。そのときはなぜメキシコに特許出願をしようとしているのか分からなかったのですが、その理由が分かるようになりました。当時の私には「メキシコと言えばテキーラ」程度の浅い知識しかありませんでしたが、意外な一面が見えるようになりました。トルコと日本とは経済という意味である程度似ているなと感じるようになりました。アフリカが今までとは違って見えるようになりました。

 企業から特許出願の意欲が消えるのかどうかまだ分かっていません。しかし、日本には発明が必要なのだと言うことだけは改めて実感することができました。つまり、今の延長線上には多分望ましい未来がなくて今とは違う路線に踏み出さなくてはならないことだけ見えてきたのです。どうすれば新しい路線に踏み出すことができるか、それとも誰かが新しい路線を踏み出しているのか、そこが次の興味となっています。

 なるべく人とのつながりを維持したいと思いつつどうしても勉強にウェイトがかかってしまう私はさなぎの様です。それも冬を過ごすさなぎです。さなぎとしてこもっている間に身体の中を作り変えて別のものになる、今の私はそんな状況にあります。

 写真は自宅から見える大阪平野です。この景色は私にとって色々な顔を持つ景色であり、例えば力を貯えようとする自分自身と先端を進む多くの人々との距離の象徴です。ここからあの景色の中にあるビル群へ進んでいきたいと(「通勤で毎日行ってるやん」というツッコミはなしでお願いします)思っています。

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