Members Column メンバーズコラム

新型コロナ・パンデミックにつきテーマ思いつかず

西村成弘 (関西大学商学部)  Vol.534

西村成弘

 5年ぶりにコラムを担当する世話人のひとり・関西大学商学部の西村です。以下、ツラツラ書いていますが、よろしくお付き合いください。

1.パンデミック余波
これまでの3回のコラムでは、一応どの回でもテーマを決めて書いているのだが、今回はどうもテーマが出てこない。なんで出てこないのだろうかと考えてみると、いろいろ理由が(言い訳も含めて)浮かんでくるのだが、まあ思い切って「新型コロナのせいで何もテーマが出てこないのや!」と強引に責任をパンデミックに押し付けて、この半年間のことを綴ってみたい。

2.リアルな旅が中断される
 新型コロナの影響で研究や教育活動に変化が出てきたのは2月頃だったと記憶している。じわじわ感染は広がっていたが、それでも春分の日までは結構活発に動いていた。
2月23日から25日までゼミの卒業旅行で台北に行き、それなりに楽しんだ。飛行機はガラガラだったが、台北市内や夜市は普段通りだった。ご飯もおいしかった。このときすでに台湾では、日本からの訪台客にマスク着用を義務付けたり、レストラン入り口では検温したりと対応が進められていた(写真)。
中1日で27日から29日まで北海道でスキー。インバウンド客がほとんどおらず、スイスイ滑ることができた。滑走後ホテルでテレビを見ていたら鈴木知事が臨時記者会見を開いて緊急事態を宣言していたが、キロロの山奥ではウィルスもおらんやろ、ということで存分に滑る。思いっきり楽しんで免疫力が増したみたい。
3月11日から16日までアメリカで学会。半分リアル半分遠隔(はじめてここでZoomというものを知った)でセッションが開催される。学会開催中にヨーロッパとの往来を遮断するとトランプ氏が言い出して大パニック。ガラガラの飛行機で日本に帰着したが、これが最後の外国出張となる。
そして4月1日からは、大阪引きこもり。

3.思索の旅に出る
 引きこもったと言っても、じつはガラガラの阪急電車に乗って毎日研究室に出かけていた。最初は昼食がコンビニ弁当一択で「ウィルスと違う理由で病気になるんちゃうやろか」と心配したが、関大前のご飯屋さんがテイクアウトメニューを販売しはじめて健康が維持できるようになった。
いきなりの遠隔授業であったけれど、まだ若いのか(笑)すぐに対応できた。オンデマンドもストリーミングもどんとこい、という感じ。そうすると生活にリズムが出てきて、これまでため込んでいた研究資料などをコツコツ処理し、研究は大いにはかどった。不謹慎かもしれないが、これが偽らざるところ。そのような生活が9月まで続く。
秋の学会シーズンはすべてオンライン学会で、結構真面目に参加した。これは怪我の功名だと思う。出張しないので、電車に乗ったり食べたり飲んだりする楽しみは全くないが、コンテンツが面白ければとても有意義。
他人の研究成果を聞いたりすると勉強になるが、他面で、自分の研究のよって立つ基盤が揺さぶられ、不安定になり、「俺は何を研究しているのだろう?」と、自分を見失って、自分探しの思索の旅に出てしまう。いい研究報告ほど破壊力がある。
いま旅に出ている最中。

4.旅の情景
 思索の旅の途中では、いろんなことを次から次へと考えるのだが、その考えをまとめて文字しようと思っても、まだ靄がかかって形にならない。
たとえば、(私の研究テーマに関連の深い)経営学とは何か、何のために、どのような方法で研究をするのか、そもそも科学とは何か、自分・社会科学と自然科学との違いは何か、研究者コミュニティとは何か、社会とは何か、そして人間とは何か、そんなことを考えている。が、もちろん納得できる答えはまだ出ていない。
 しかし、ときどきこんなことを考えることも必要なのだろうと思う。
年間5回ほど外国出張し、国内出張にも何度も繰り出し、結構な確率で飲みすぎ、出張から帰ると「終わったー!」と開放感に浸り、すぐに授業やゼミの対応に追われ、再び学会前になるとバーッと研究して、あっという間に1年が過ぎる。
 ことし、久しぶりに思索の旅に出ることができているのは、しかも、例年になく長い旅に出ることができているのは、新型コロナのせいである。

5.だからテーマが出ない
 いろいろ考えているのだが、まだ思索の旅の途中で、なにもまとまっていない。何を考えても、答えが出ない。だからテーマも出ない。新型コロナのせいなのだ!

6.それでも最後に研究者らしいことを言おう
 「経営学とは何か」という問いに対し、それは「人間とは何か」を考える一つの方法なのだ、という暫定的な結論を持っている。これは経営学に限らず、経済学も、法学も、そのほかの人文・社会科学も、さらに自然科学だって、どれも「人間とは何か」を知る方法なのだと思う。ただ、見ている人間の側面が違うだけ。
 なぜ多くの人は会社で働くのか?
 なぜ会社が存在しているのか?
 ほんの150年前の日本には会社はなかったが、なぜか?
 なぜアメリカにもドイツにも中国にも、会社があるのか?
 ひょっとして人類は会社が好き?
 そして、人類って、何者?
 …
 社会からちょっとだけ離れてこんなことを考えているのが、研究者なのだと思う(そういう研究者もある程度いないといけない。ダイバーシティ)。
 しかし、「人類って、何者?」なんていう問題には、おいそれと答えが出せるものではない。幸いなことに、研究者にはそれぞれ専門がある。社会科学の中の、経営学の中の、経営史の中の、グローバル経営史の中の、知的財産管理の研究。これが私の専門。これを突き詰めていって、人類について考えてくしかない。突き詰めていくしかないのだ。

7.旅は続く
けれど、「人類って、何者?」から「知的財産管理の研究」までずいぶんと距離がある。ひょっとしたら天文学的な距離があるのかもしれない。
その二つの間を、行ったり来たりしているのである。
時にはリアルな旅路を、またある時には引きこもって思索の旅路を。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」(芭蕉)

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