Members Column メンバーズコラム

アジアへの眼差し

西出徹雄 (一般財団法人化学研究評価機構)  Vol.327

西出徹雄

 日本とアジアの結びつきは、従来にも増して緊密、複雑になってきています。日常的にもアジアから観光で日本に来た人たちを、時期を問わず街中で見掛けるようになりました。またこちらから旅行で訪問することも国内旅行とほとんど差がないほど簡単に、あるいはアジアへ旅行する方が費用面でも安くできるようになっています。ビジネスで考えれば、国内市場の拡大が期待できなくなった日本にとって、アジアとの繋がりをどう発展させていくかは、扱う品目・サービスにかかわらず避けて通れない課題でしょう。

 個人的なアジアとの関係を辿ってみると、近くて行きやすいはずの中国、韓国、台湾に出かけていくようになったのはこの10年ほどで、最初に行ったのは80年代初めのインドネシアでした。キャッサバからアルコールを作る技術協力を総理大臣が訪問時に約束したことからスタートしましたが、ジャワ島への人口集中を解消するため、スマトラ島に移住した人たちがキャッサバ栽培で生計が立てられるよう、できた芋を買い上げてアルコールを作る計画で、そのアルコール製造プラントと技術を日本が提供するものでした。スマトラのどこにプラントを設置するかのサイト選定の行脚では畑の中を歩くうちコブラに出会ったり、ジャワ島のアルコール工場の技術者にスマトラ行を相談するとあんな田舎には行きたくないと言われたり、インドネシア政府との交渉では次官級の人としか交渉しても意味がなく、しかし交渉の会議室には驚くほど多数の若い職員がオブザーバーで集まり驚かされましたが、一方スマトラの現地ではバナナの葉で屋根を葺いた粗末な家に住む人たちが、子供たちにはより良い教育を受けさせようと必死で働き、暮らしているのを見て、真性赤痢に罹り日本に戻ってから2週間隔離病棟に入れられるオマケも付きましたが、計画実現に一生懸命取り組みました。
 第2幕は90年代前半になり、モントリオール条約に基づきオゾン層を破壊するフロンなどを全廃する取組を協力して進めるべく、日本(通産省)、米国(US EPA)と現地政府の環境省が協力するプログラムで、シンガポール、タイ、マレーシア、ベトナムなど毎年1ヶ国ずつ回り、技術移転や国連の基金活用の支援を行いました。日本の政府・企業による現実的な計画を着実に進める姿勢とは対照的に、米国企業の代表は現地政府をパーマネントに支援するなどと言い切ってしまう度胸のよさに驚いたものです。真面目さだけでなく、時には思い切った方針表明をする大事さを知りました。勿論時間が経過すれば、日本的な真面目さが評価を高めることになりますが。
 第3幕は90年代後半、日本とアセアン各国との経済産業協力の大きな枠組みが出来上がった中で、化学産業についての官民協力をスタートさせようという試みでした。主要国を回って打診すると、今までそうした場がなかったのが不思議だという意見が多数で、準備会合を経て1999年5月にマレーシアのクアンタンで第1回の化学産業ワーキンググループが開かれました。日本とアセアン9か国の化学分野の官民代表が一堂に集まり、化学産業を取り巻く共通課題を半年ごとに集まって議論をすることになりました。しかしアセアン諸国内での経済発展の差は大きく、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア以外では化学産業といっても肥料くらいしかなく、また共産主義国の代表は英語をほとんど話さず、国際会議での日本人のサイレントぶりは有名ですが、この場では逆でアセアン代表の多くの微笑が印象的でした。特に環境政策についての相互理解はかなり深まったと思います。同じアジア人ということで顔つきも似ているので、一度に30人以上と名刺交換してもほとんど顔と名前が一致しないため、会議の席でと、懇親会の席で国ごとに写真を撮り、あとからそれを見比べて、ようやく顔と名前を一致できました。今ではベトナムの人たちが、英語で日本人よりどんどん発言して、時代の変化を感じます。
 そして第4幕。国際化学工業協会協議会(ICCA)という化学業界の世界組織で化学物質管理の戦略を途上国にも広めようと2008年から活動を始め、5年間で170回を超すセミナーをアジア、アフリカ、南米で行い、日本はアジアを中心に主体的にこの活動を進めました。欧米大企業のやり方は現地に進出している子会社が欧米流の方式をそれぞれの地域に浸透させようとするものですが、我々からすると企業の自主的活動への理解が少ないアジアでは政府の協力が得られないとうまく展開するのは難しく、また化学物質管理のような先進国で進んでいる取組以前に、保安事故防止や環境規制対応、労働安全衛生への対応が喫緊の課題なので、そうした諸々の課題への対応法をセットにして現地の政府を巻き込みながら協力する方式を、3年前からICCAと並行して独自に進めるようにしました。何でもこちらが指導するばかりではなく、現地の化学業界が自立した組織を作り、自発的に活動できるレベルに到達することを目指して支援していくもので、インドネシア、ベトナムなどでこちらの期待した成果が出つつあります。資金規模やかっこいい言葉だけで注目を集めるのではなく、地道に、しかし着実に協力の実を上げていく日本流の姿勢を続け、日本への確固たる信頼をしっかり広げていければと思います。
 字数がオーバーしているので、韓国、インド、中東については別の機会に譲り、最後に中国との関係だけ簡単に触れると、この10年ほどの間、一時的に途切れたりしたものの、官民での貿易や環境面での官民政策対話が行われてきましたが、政府間ではやや冷たい空気も流れているため、昨年から民民ベースでの日中化学産業会議をスタートさせたところです。世界の化学品生産の55%以上がアジアで行われ、中国の世界シェアは30%を超えていますので、どのように向き合い、付き合っていくかしか選択の余地はありません。であれば、友好関係を築くことに力を注ぐのが当然の道でしょうし、個人的な付き合いを含め共感協調できることの幅を広げていくことを並行して進めていければと思います。

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