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シリコンバレー出張顛末記~” IT版ゴールドラッシュ”~

中村稔 (独立行政法人 情報処理推進機構)  Vol.190

中村稔

KNSの皆さん、御無沙汰しております。本年7月まで、経済産業省近畿経済産業局で総務企画部長をしていた中村です。大阪での2年2か月の単身赴任を終えて東京に戻り、現在、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)で参事・戦略企画部長として、久しぶりに自宅から通勤する生活をしています。
さて、7月末にIPAに着任して1か月も経たない8月上旬に、突如、米国サンフランシスコ・シリコンバレーに出張に行かないかとのオファーがあり、もちろん二つ返事で受け入れ、9月8日から16日までの9日間、ITを通じた「価値づくり」に向けたヒントを得て今後の議論に活かすため、スタンフォード大学を始め、IT関連企業等11か所を訪問しました。

これらのうち、キーノート社はウェッブやモバイルのパフォーマンス計測サービスを、ティブコ社は顧客行動へのリアルタイムのレスポンスなどのソリューションを、ペイパル社はデジタルウォレットでのクレジットカード決済代行などのサービスを、それぞれ提供しており、リンクドイン社はIT技術者などが自らの能力をエンドースしてもらう社会人向けSNSで世界に2億人の会員を有するなど、奇想天外な?事業を展開し、それぞれにニッチなサービス分野に懸命に商機を見つけ出してビジネスモデル化している姿にその熱気と競争の激しさを感じさせられ、まさに「IT版ゴールドラッシュ」を彷彿させました。
また、インテル社では、未来を語るのが仕事という「フューチャリスト」のブライアン・デービット・ジョンソン氏とITが開く未来の姿を熱く語り合い、こうした人を抱えて大きな経営判断に活かしていこうとする同社の面白さと懐の深さを感じました。なお、インテル博物館の出口に展示されている創業者ロバート・ノイス氏の言葉のタイトルが「オプティミズム」だったのも印象的でした。
このように、ITビジネス栄枯盛衰の本場である米国西海岸の最新事情に触れ、「とりあえずやってみる」「足し算思考で前向き」といった我が国とのカルチャーギャップを痛感したのでした。特に、最初に訪れたスタンフォード大学に研究員として来ている日本企業の方が語った以下の点は、この出張を通じた通奏低音のように思われました。
その一つは、「新しいビジネスは、構造を壊すこと。」です。先程の奇想天外なITビジネスはもちろん、例えば、空港での手荷物検査や途中の渋滞から解放されるために、ITを活用した空港起点のカーシェアリングに加え、ビジネスジェットのシェアリングを考え出して実現しているのは、規制緩和や既存の常識の破壊であったりする訳です。
また、ビッグデータの活用に関して、私から、JR東日本のSUICAの乗降情報の利用を5万人が個人情報であるとして拒絶したことをどう考えるか尋ねたところ、「情報の出元で止めるか実害の有無で使われ方を規制するのかという考え方によって時代の進歩が変わる。」と指摘されました。これも、とにかく恐れてやらないか、やってみて問題があれば変えれば良いと考えるかといったカルチャーの違いを象徴していると思いました。
なお、こうしたカルチャーや価値観を育む背景として、西海岸のカリフォルニアの自由な雰囲気や気候・風土があるのではないかと思い、帰国前日の土曜日に、出張仲間の有志でバスをチャーターして、ナパ・バレーの4か所のワイナリーを巡って試飲ツアーをしてみました。その中でも、有名なオーパス・ワンというワイナリー(写真)では、試飲1杯で40ドルも取られましたが、見事な完成度で、まったく惜しくないくらい素晴らしい体験でした。そして、シリコンバレーに世界中から優秀な人々が集まって次々とイノベーションを起こしている理由の一つは、こうした素晴らしい気候・風土の後背地を抱え、週末にはそこで美味しいワインを堪能するというライフスタイルを楽しめることではないかと実感したのでした。
最後に、偶然、サンフランシスコからの帰りの機内でGoogleを舞台とする「インターンシップ」という映画を観たのですが、IT企業の極みのようなGoogleでアナログに人の心を動かしていく主人公たちの奮闘ぶりとその結末がリアルに胸に迫り、ITの本質は、「それが欲しかった。」「それが言いたかった。」「それは面白い。」といったinteractionの効率化・最大化を目指すtoolであるという意味で、「IT=it」であるような気がしました。ある人がITのことを「イットって何?」と聞いたというエピソードは、実は深淵な話?だったのではないかと思いました。

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