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パブリック・エンゲージメントを実践する―中津ぱぶり家の試み

森本誠一 (大阪大学/中津ぱぶり家)  Vol.301

森本誠一

みなさんはパブリック・エンゲージメントということばを聞いたことがあるでしょうか。企業などが行うPR活動は、パブリック・リレーションズの頭文字をとったもので「一般の人々につながっていく」というところから、広報活動、宣伝活動の意味で使われています。これに対しパブリック・エンゲージメントは、大学や研究所といった高等教育研究機関、あるいは美術館、博物館といった公共セクターが「公衆たる一般の人びとに関与していく」という意味で使用され、公衆関与などと訳されます。

今回のコラムでは、私の研究テーマであり実践の対象でもあるパブリック・エンゲージメント(以下、PE)について紹介したいと思います。
さて、企業がPRを行うのは、利潤を最大化するという目的に照らしてごく自然なことかもしれません。それでは、大学や博物館は何のためにPEを行うのでしょうか。PEが広がってきた英国では、1980年代にBSE(牛海綿状脳症)やチェルノブイリ原発事故による土壌汚染の問題が発生し、一般の人びとによる専門家に対する不信が募っていました。人びとが「BSEはヒトに感染するのではないか」「土壌に降りそそいだ放射性物質は牧草に吸収されるのではないか」と心配するなか、専門家はそれらを否定してきました。ところが、現実はどうだったかというと、人びとが懸念していた通りになったのです。
専門家、科学者、あるいは研究者に対する一般の人びとの不信が、英国だけでなく日本でも同じようにあることを、みなさんもよくご存知でしょう。この不信をどうにかしなければならないというところから出てきたのがPEという考え方です。
学問の自由がどうあるべきかはさておき、納税者たる一般の人びとの理解がなければ、大学で教育や研究を続けることが困難になるかもしれません。同じようにして、文化政策に対する一般の人びとの理解がなければ、美術館や博物館に対する予算は無駄なものとして削減されるかもしれません。教育、研究、文化政策などの意義は一般の人びとの理解とは独立にあるのかもしれません。しかしながら、たとえそうだとしても、専門家や公共セクターが一般の人びとにもっと積極的に働きかけ、関与していくよう求められていることは間違いないでしょう。
問題は、専門家が公衆に対してどのように関与していくのかということです。たしかに、専門家が大きな会場で多数の聴衆に向かって最先端の研究について講演することも、PEのひとつと言えるでしょう。でも、すでに専門家に対して不信を抱いている人びとは、そうした専門家からの一方的な情報発信に耳を傾けるでしょうか。むしろ、耳を傾けるべきは専門家の方だと言えるのではないでしょうか。
こうして、コーヒーなどを片手に専門家と一般の人びとが少人数でフランクに話し合えるカフェ形式のイベントが広く注目を集めるようになったのです。
いま、大学が都心に回帰しています。以前に比べると大学は一般の人びとからアクセスしやすいものになったかもしれません。ただ、都心であれ郊外であれ、大学の研究者は人びとが大学へ来るのを待っているのではなく、大学から外へ出て、人びとに積極的に関与していく必要がある、というのが私の立場です。
そんな理由から、昨年の3月にPEの拠点として「中津ぱぶり家」というコミュニティースペースを、PEに賛同してくれる仲間とともに大阪の中津商店街に開設しました。何よりも人びとにとって居心地のよい場所であることが大事なのですが、専門家と非専門家が何気なく交わり、交流を深められる場所として盛り上げていけたらなと考えています。
巷では、地味でなかなか注目されず研究費の獲得が困難な研究をしている科学者が、研究の魅力や重要性を訴えてクラウドファンディングで資金調達する事例があります。同じようなアピールを、あなたが中津ぱぶり家でもっと身近な人に向けて対面で行ったらどうでしょう。すぐには資金調達につながらないかもしれませんが、あなたの研究やアイデアに興味をもってくれる人が見つかるかもしれません。
まもなく中津ぱぶり家も2年目になりますが、どうすれば大学と社会、あるいは産業界をよりよくつなげられるのか、そしてまた、それらをつなぐハブとなることができるのかが大きな課題です。みなさんもお近くへお立ち寄りの際は、ぜひ中津ぱぶり家を覗いてみてください。

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