Members Column メンバーズコラム
認知されていないあなたの商品はまだ存在していない
加々本裕樹 (MBS/Picoli & REACH REACH) Vol.822
森の奥で倒れた木は、音を立てたのか
古い哲学の問いに、こんなものがある。
「誰もいない森の奥で木が倒れたとき、そこに音は存在したのか」
18世紀の哲学者ジョージ・バークリーが提唱したこの命題は「それを認識する者がいなければ、私たちが知る『音』は存在しなかった」と解釈され「存在とは知覚されることである」という哲学的なを気づきを与えてくれる。
観念論の練習問題としてはどうでもいい話だが、これをビジネスに置き換えた瞬間、身も蓋もない真実が姿を現す。
誰にも知られていない商品は、市場において存在していない。
あなたの研究室で生まれた画期的な技術も、10年の歳月を注いだ革新的なプロダクトも、認知されていない限り、経済学的には「無」なのだ。
不愉快な話だと思うだろうか。だがこれは意地悪で言っているのではない。
ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、半世紀も前にこう喝破している。
「情報の豊かさは、注意(アテンション)の貧困をつくりだす」
情報が無限に増殖する世界で希少になるのは、情報そのものではなく、それを受け取る人間の注意力のほうだ。現代の市場で企業が奪い合っているのは、カネである以前に、消費者の限られたアテンションなのである。
「良いものをつくれば売れる」という信仰
大学発ベンチャーの経営者と話していて、いつも感心するのは技術の水準の高さで、いつも驚くのは、その多くが同じ信仰を共有していることだ。
曰く「良いものをつくれば、いつか誰かが気づいてくれる」
残念ながら、これは信仰であって事実ではない。
むしろ歴史が教えるのは逆の法則だ。
ビデオ戦争で技術的に優れていたとされるベータマックスはVHSに敗れ、キーボード配列の世界では、より効率的な配列がいくつも提案されながら、QWERTYがいまだに世界を支配している。
市場が選ぶのは「最も良いもの」ではなく「最も知られ、最も選びやすいもの」なのだ。
なぜ研究者はこの罠にはまりやすいのか。
理由は単純で、アカデミアとマーケットではゲームのルールが違うからだ。学術の世界では、論文の中身が良ければ査読者が(嫌々ながらも)最後までは読んでくれる。評価者には「読む義務」がある。
ところが市場に、あなたの商品を理解する義務を負った人間は一人もいない。顧客は忙しく、無関心で、あなたの技術説明を3秒でスクロールして猫の動画に戻っていく。
この非対称性を直視するところから、すべてが始まる。
脳は「性能」ではなく「物語」を買う
ではどうすればいいのか。まず知っておくべきは、人間の脳の仕様だ。
進化心理学の知見によれば、私たちの脳は数百万年のあいだ、150人ほどの小さな共同体で噂話と物語をやりとりしながら進化してきた。
スペック表を比較検討するようには、脳はそもそもできていない。だから人は、性能で買っているつもりで、実際には物語を買う。
「シリコンバレーのガレージで生まれた」
「創業者が自分の病気を治すために開発した」
——こうした物語が製品スペック以上に人を動かすのは、脳のバグではなく仕様なのだ。
ここでマーケティングと広報の知識を、乱暴を承知で一枚の地図にしてみよう。
マーケティングとは「誰に、どんな価値を、どう届けるか」の設計図である。出発点は自社技術ではなく、顧客の困りごとだ。「我々の技術は何ができるか」ではなく「誰のどんな痛みを消せるか」から逆算する。
これをプロダクトアウトからマーケットインへの転換という。
広報とは「第三者に語ってもらう技術」である。
広告が「自分で自分を褒める」行為だとすれば、広報はメディアや顧客という他人の口を借りて信頼を獲得する行為だ。
人類は進化の過程で「自慢する者」を警戒し「他人からの評判」を信じるように設計されている。広告より記事のほうが効くのは、この本能に根ざしている。しかも広報の主武器は予算ではなく「語るに値する物語」だから、カネのない大学発ベンチャーにとって、実は最も費用対効果の高い武器になる。
そして多くの顧客は、認知 → 興味 → 比較 → 購買という階段を一段ずつしか昇れない。多くのベンチャーは、認知という一段目が存在しないのに、いきなり「購買」の階段の上で顧客を待っている。
誰も来ないのは当然だろう。
明日からできる、三つの処方箋
技術の説明を捨てて「変化の一文」を
「独自の酵素技術による高効率変換プロセス」ではなく「食品廃棄物が、24時間で飼料に変わる」と機能ではなく、それらが創り出す未来を語る。主語を技術から顧客の世界に移し、中学生に伝わる一文に磨き上げる。これができない事業は、たいてい事業のほうが磨けていない。
市場を狭くする勇気
「すべての製造業に使えます」は、誰の耳にも刺さらない。逆説的だが、「静岡の中堅食品工場の廃棄コスト」に照準を絞ったメッセージのほうが、遠くまで届く。全員に向けた声は、誰にも聞こえないのだ。
語る場数を認識する
産学官民連携コミュニティKNSでの積極的発表、地方紙、業界メディア、自治体の広報誌——大学発ベンチャーには、普通のスタートアップが喉から手が出るほど欲しがる「語る舞台」が最初から用意されている。
この地の利を使わないのは、宝の持ち腐れというより、宝の存在に気づいていないだけである。
存在するために語れ
身も蓋もない結論を言おう。
市場においてあなたの商品は、認知された瞬間に初めて「存在」を始める。研究開発が商品に命を吹き込む行為だとすれば、マーケティングと広報は、その商品をこの世界に「出生届」を出す行為に他ならない。
森の奥で、素晴らしい木が今日も静かに倒れている。その音を世界に届けるかどうかは、技術力ではなく、あなたが語り始めるかどうかにかかっている。
そしてこれは、悲観すべき話ではまったくない。
ルールを知った者からゲームは有利になる。
KNS定例会であなたのプレゼンを聞けることを楽しみにしている。
