Members Column メンバーズコラム

パリのカフェ雑感

稲垣京輔 (法政大学)  Vol.421

稲垣京輔

 法政大学の稲垣です。皆様、大変ご無沙汰いたしております。久しぶりにコラムの執筆を担当させていただきますが、こうやって筆をとりながら、日本語で文章をかける喜びに浸っているところでございます。
 私、実は今年の3月より、本務校より2年間の在外研究期間をいただき、フランスのパリに住んでおります。パリ市街に沿って南東部に位置するブローニュビヤンクールという街にありますESSCA ?cole de Managementというビジネススクールで、客員教授という肩書きで所属しております。昨年より、同校のパートナーとともに新たな研究プロジェクトを立ち上げ、今年から本格的に進めることになりました。テーマは、デザイナーと伝統産業の間での協働がどのように成立し展開しているかについてです。

参与観察をさせていただく機会に恵まれましたので、いかに創造的な関係が生まれ、変異していくのかについて調査したいと思っております。さらに副次的なテーマとして、パリ市がどのように創造産業を促進し、特に若手のフリーランスデザイナーをいかに育成支援しているかについても、調査をおこないたいと思っております。いずれ機会をいただけましたら、是非、成果報告をさせていただきたいと思います。
さて、フランスのパリと言えば、カフェを連想する人も多いのではないでしょうか。今回は、カフェをテーマにしながら、私の目に写った傾向と、集う人々に対する雑感を述べたいと思います。
パリは、そろそろバカンスシーズンに入り、海や山への脱出が始まるところです。地元客を相手にしている老舗は店を長期間たたみ、店主もまたバカンスを楽しむわけです。ずっと年間を通じて営業している店も数多くありますが、中には観光客を相手にしている店も見受けられ、だいたいがオーナーは夏休みだけど、従業員は交代制で、休日もなく昼夜を問わず営業を続けるのです。
観光客で賑わう界隈だけでなくビジネス街や住宅街でもそうですが、パリの街角にあるカフェは大抵、朝から晩まで常に賑わっています。店の数がとても多いために過当競争で廃業する店も多いのではないかと心配になるのですが、老舗で有るほどそれぞれが常連さんを抱えていて、店の雰囲気やメニューの好みも異なり、日本人から見ると同じように見えても、きっちりと棲み分けができているようです。
日本で人気のスターバックスのようないわゆるチェーン店はパリにはそぐわないように思えますが、実はパリでもスタバは着実に店舗数を増やしており、風景に溶け込むようになってきました。パリのスターバックスの最大のライバルは今や地元のカフェではなく、カフェを充実し始めたマクドナルドであり、道を挟んで両者が睨み合っているような場所も多々あります。そこは日本と同じ構図なのかもしれません。
スターバックスの店内を覗くと若い人が多いので、学生に訊いたところ、日本人が連想するようないわゆる伝統的なパリスタイルのカフェよりも、スターバックスの方が良いというのです。理由を聞いてみると、一つは、無料WiFiの導入において先駆者であったこと(現在は他のカフェにもありますが)。次に、店内にびっしりとテーブルとイスが並んでいるのではなく、広々とした空間でくつろげて、グループでも気軽に来られること。さらに、ギャルソンさんが店を見回して管理されているような気分にならないこと。それをよいことに、グループで来て人数分の注文をしないで居座っているフリーライダーもいるらしいのですが。最後に、やはり普通のカフェに比べるとコストが安く財布に優しいというのが、若者ウケする最大の理由のようでした。
もっとも最近は地元のカフェも業態が多様化してきていて、カフェなのか伝統的なブラッスリー(定食屋)なのか、パブなのかビストロなのか、よくわからない店が多くなりました。朝はブリオッシュとコーヒーを提供し、昼になるとランチ、夕方になるとパブのような配置に衣替えして食前酒やビールの提供がメインになり、夜遅くなるとビストロのように夕食を取る客で賑わうというように、観光客やオフィス街が混在する市街地では時間帯によって業態やメニューを変える店が多いです。特に夕方の6時から8時までの間はハッピーアワー(アルコール類半額)としている店が多く、その時間帯に合わせるように、仕事帰りのサラリーマンが大勢押し寄せます。
 私の住んでいる地区はパリの中心部で大手の銀行や名だたるブランドの本社が多く拠点を構える場所なので、夕方になるとスーツ姿のサラリーマンがビールや食前酒を片手に談笑しているのをよく見かけます。一度、私も仕事帰りの中まで盛り上がっている輪の中に入れてもらったのですが、昔、一緒に仕事をした仲間たちが集まる懇親の場でした。最近は日本でも雇用の流動性が高くなり、同じ傾向が見られるのかもしれませんが、業種や職場の壁を超えて人々が集まる場と時間というのはKNSも同様ですがとても貴重な財産です。パリのカフェは、そのような場を提供するのに一役買っているわけです。
例えば、その仕事帰りのサラリーマン達は、副業としてネット上でアンティークの家具を取引するビジネスについて、事業の構想を練っていました。残業の時間を減らして仕事以外の時間を作ることが様々な投資につながることを実感します。彼らはジョッキ一杯のビールを片手に1時間ほどその場にいましたが、夕食はそれぞれ帰宅してから家族と団らんするとのこと。その気軽さが、また次につながるのであり、さらに私のようなものでも参加できるオープンな輪になる秘訣なのでしょう。

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