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会社の履歴書  町工場のベトナム人雇用と事業譲渡について

文敬作(山下裕司) (株式会社三栄金属製作所)  Vol.513

文敬作

皆さんこんにちは私三栄金属の文 敬作(山下裕司)です。
私は1958年生れ61歳 在日韓国人3世 父親の家業である金属プレス加工業を継いで約43年になります。この43年間の振り返りをしていきたいのですがあまりにも昔昔の話は別の機会に 今現在の町工場の集合体になる過程の話をさせて頂きます。今現在の生業は金属プレス加工 樹脂成型 金型製作 組立 2次加工など社内で一貫製作が出来るのを強みにしている会社です。工場は大阪市生野区に4カ所東大阪市に2カ所とベトナム国ロンアン省にも工場があります。
また同じ生野区内にあるマシンキーの製作する会社を今年4月に事業譲渡の形で子会化としてあります。

弊社がベトナム人雇用を始めたのが2007年にベトナム人の実習生2人を採用したのが始まりです。その当時は仕事があるが人がいない状況で困り果ていた時に1枚のFAXが流れてきました。その時のひらめきで実習生を呼ぶことにしました。
来たのは20歳22歳の子供のようなかわいい顔をしたベトナム人の若者 本当にプレスの仕事が出来るのか ケガをしたらどないしようか? 言葉もあんまえりでけへんし 不安だらけの一週間でしたが プレスの仕事のほうは器用にこなしていきよるし
言葉も自分から日本語を覚えようとしている姿には微笑ましく これからは海外の若者が弊社では必要になると感じていました。
2008年も新たにベトナムから実習生2人を呼んだ時にリーマンショック 弊社は内需が中心だったので売り上げが落ちてもすぐに戻ると判断していました。ちょうどその時に三重県のある会社がベトナム人技術者を大量に解雇されて行き場がなく
ベトナム人技術者が困り果てている 三栄さんの所で何人か引き受けてくれませんかと言われ
2人を引き受けることにしました。その当時は技術者の意味が分からずビザを更新するだけで何年も日本に滞在できると教えてもらい これからは技術者も視野に入れて採用をしよう考えていました。この2人の学歴を見てびっくり日本でいえば京都大学や大阪大学レベルの学校を卒業しています。NCのデーター作成 機械操作など
すぐに習得していきます。技術者となれば考えて工夫して理解して仕事をこなしていきます。しかしプライドはかなり高く難しい反面があります。実習生はまじめに仕事はしますが工夫して理解して仕事をするのには時間がかかりますが素直で言ううことは聞きますがすぐに忘れてしまうことが多いです。ここで注意しなければいけないのは実習生と技術者を混同して考えないこと 実習生の大半は高校卒業レベルの学歴であり技術者の学歴は大学卒または専門学校卒である。
実習生は集合住宅で相部屋共同生活が基本になっており技術者は実習生とは一緒には生活が出来ないと考えており自分の希望の住居を必要とします。
そこにはベトナム特有のルールがあり私たちには理解しにくいところがります。
今現在弊社には約80名の社員が在籍しておりその内ベトナム人技術者14名 実習生14名 在日ベトナム人・留学生・技術者の奥さんなど12名 約40名が在籍しています。ここまでベトナム人社員が増えていくのも2008年のリーマンショック後に技術者2人を採用した彼らの成長があります。彼らが家庭を持ち子供を小学校・幼稚園に通わせ自分の車を持ち10年間同じところに働くことで永住者の資格を取り、家を買って日本で夢をつかんだことにあります。彼らの後を続くように永住者が3名 申請中4名 と日本に居つく覚悟をもって生活をしています。
私たちも彼らの覚悟に応えるように会社を少しずつですが大きくして行けることだけを考えたのが事業譲渡の動機になったのかもしれません。
まず最初の事業譲渡の話は2009年1月に三協製作所さんから自社のプレス事業部が上手く稼働しない採算が合わない 自分のところは溶接と板金の曲げと組立が得意なのでプレス事業を三栄さんに譲渡しますので宜しくお願いしますと言われ 弊社も仕事が忙しくまたお客からの大きな案件があり設備の導入を考えてた時に話があり設備を買い取り工場を弊社が探し三協さんの社員も転籍してもらい弊社からも社員をいれて2009年6月に三栄金属吉田工場が誕生しました。三協製作所さんも不採算部門を整理でき弊社は顧客の要求に応えて行けるだけの生産能力を確保できお互い良かった良かったのWINWINの事業譲渡だと考えています。この時の思いが私の事業譲渡の基本理念になっています。その次の譲渡は2013年に念願のベトナムに工場進出を出来ましたが町工場が海外に工場を出すんですが設備にまでお金が廻りません。
その時に考えたのが廃業するところから業者を通さずに直接機械を買い上げることに
と思い情報集めに走り回りましたがそんなに都合よく廃業するプレス屋さんがみつかりません。それでも何かの話題の時にも廃業するプレス屋さん知りませんかといううのが口癖になっていました。(笑い)ある日ご近所の犬友達の人が廃業するプレス屋さんを教えてもらい その工場に行きました。工場には私の希望以上のいいプレス機が並んでおり すぐに買いたいと申し出ますがそこの社長さんからはもう決まっているから
むりやでと言われ それでも諦められないので 何か困っていることはないですか?
尋ねるとこの工場を原状復帰して返さなくてはいけないし この古いキューピクルも処分するだけで80万円ぐらいかかるしと頭を抱えているので すぐに私はこの工場を
そのまま私に売ってください。機械もよそより高く買うし社長は何もせずにそのままで
終われるんじゃないですか といううと少し考えさせてくれと言い 次の朝すべて三栄さんにお任せしますとの返事があり 機械は5台ベトナム工場へ 残りの機械はそのままにし工場は居ぬきで使い電気の配線もそのままキューピクルも現状で使うには問題がなく最低限の費用でプレス機械の譲渡ができ工場もお金をかけずにでき現在の巽工場となっています。この時も譲渡する側される側がWINWINの関係があって成り立っています。ここからがいろんな譲渡の話がいっぱいきます。
あちらこちらで事業の廃業するところ縮小するところを知りませんか?と聞きまわったせいで声がかかり 銀行の紹介でプレス機と職人の譲渡の案件
 顧客から頼まれて組み立てをしている社長が急死され息子さんは仕事はできるが経営のは出来ないので三栄さんで設備は無償で譲渡する代わりに息子さんの面倒をお願いされる案件などまだまだいろんな譲渡案件がありましたがいずれも譲渡され側譲渡する側がお互い喜びあえるWINWINの関係の譲渡をしてきました。
弊社としてはベトナム人雇用と町工場の譲渡案件で社員の活躍できる場所を作ることで会社の成長と発展まで進んでいきます。続編として譲渡案件での顧客拡大にまで繋がり 譲渡案件をD会で報告することでM&A案件の話があり全株式譲渡の形で子会社が出来た話などをさせて頂きますので宜しくお願いします。

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