Members Column メンバーズコラム

一人称「俺」と「僕」

吉川朝吉 (合同会社朝吉システムズ )  Vol.723

確か中学生の頃から「村の長老」を格好良いと思うようになった。 起きているのか寝ているのか分からないようなうだつの上がらぬ小柄でヨボヨボのお爺さんが「カッ」と目を見開き、事態を解決に導く示唆を与えたり、モゴモゴ独り言を言っているのをよくよく聞いてみると、俯瞰の視点で村の将来を左右するような打開策のヒントを提示したり、といったあれである。 日本昔ばなしや漫画、中国の歴史小説などが影響しているのだろう。 自分はどんな大人になりたいだろう? と考えたときに、村を引っ張る力強いリーダーや、荒くれもの、合理的に物事を解決するようなタイプではないな、さてどんな人物像が理想的なんだろう?と考え始めたことがきっかけだったかもしれない。 少年期、青年期は自分のことを「俺」と言っていたんだけれども、憧れは「長老」なので早くお爺さんになって自分のことを「ワシ」と言いたくてしかたなかったことを覚えている。 それからは一人称「ワシ」が自然と思えるのは何歳くらいなのか、どんな仕事? どんなシチュエーションで使う? みたいなことが気になってしかたなかった。 社会人になって自分のことを「俺」というのが何だか子供っぽいように感じて、ごく親しい人を除いて一人称「私」を使い始めた。 今から思えば随分背伸びをしていたように思う。 当然ながら「俺」と「私」の使い分けは難しく、親しくもなく、仕事上でのやり取りもないときは特に困った。 あるときは「俺」、あるときは「私」と一人称が安定しない20代前半、今から思えば微笑ましくもあり、恥ずかしくもある。 長老に憧れを持ち始めて数十年経ち、漫画や小説で読んだ一人称「ワシ」の使い手達と近い年齢になってきた。 今年で55歳になりそろそろ「ワシ」解禁かと思っていた矢先、ある人から「お爺さんが自分のことをボクと呼ぶのは味があって好きだな」という意見を聞いた。 確かに。 仮に「ワシ」を解禁したとして、自分より年上の人に対して「ワシ」はちょっと違和感があるだろう。 年上かどうかで「ワシ」と「僕」を使い分けるのは難しい。また、若い頃の恥の上塗りになりかねない。 けれども「僕」だとどうだろう? 誰に対しても「僕」で通すとどうだろう? 相手が年上だろうが年下だろうが、親しかろうがそうでなかろうが「僕」は使える。 そう、とても便利なのである。 一人称「僕」を意識し始めて気づいたのは「俺」を使っているときは少し気の緩みというか油断している自分を発見したということだ。 一方、「僕」は謙虚な気持ちを維持し続けてることができるという点も見逃せない。 沢山の人とお会いする中で自分の至らなさや学ぶべきことがどんどん増えてくる。 自惚れるほどの能力や実績は出せていないものの、怠ける気持ちが湧き上がってくることを否めない。 そういった気の緩み、油断を遠ざけ続ける意味でも謙虚な気持ちを維持し続けることができる(=個人の感想)ことが「僕」採用を決定づけた。 思い返せば、尊敬する養老孟司先生も自分のことは「僕」と言っているではないか。 よし、「僕」で統一しよう。 そう心に決めたものの、今まで「俺」と呼んでいたのに、今度は何をきっかけに「僕」に移行したら良いのか、迷い始めてしまった。 そんなこんなで、2025年1月1日以降は「僕」で統一しようと思う。

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