Members Column メンバーズコラム
ものづくり立国NIPPON Made in Osaka Japanにこだわって
中川裕之 (KNS世話人(中川鉄工株式会社)) Vol.13
みなさま、今回の担当は、中川鉄工株式会社の中川 裕之(ひろし)が担当です。
まずは簡単な自己紹介からさせていただきます。私は1968年1月に大阪市は天王寺区で産声を上げました。
その後就職で2年間ほど修行のため親元を離れましたが、生まれも、育ちも、そしてビジネスの基盤もここ大阪です。
家族は嫁さんひとり、と娘が2人、息子が1人の5人家族です。
現在中川鉄工株式会社の代表取締役をさせていただいております。
弊社は大正6年創業の所謂町工場でして、創業以来93年、ものづくり部品加工一筋に
従事してまいりました。90年以上続いた会社を、所謂リーマンショックの年の11月に代表を引き継ぎ、
現在に至っています。私に課せられた使命は、代々先祖から引き継ぎました会社を私の代で100周年を迎え、
大阪の老舗企業の仲間入りをすることです。ひとへに100年とはいいましても、ピンときません。
そのためには・・・次から次へと難題がめぐってきます。
しかしながら目の前の障害を、ピンチと見るか、チャンスと見るかで全然開ける視野が変わってきます。
恥ずかしながら、私がマネジメントに関わるまで、所謂成り行き経営のような会社で、
一生懸命働いていれば、儲かりはしませんが、メシは食べられるような状態でした。
しかしながら、ここ数年はまじめにやっていても会社がつぶれる時代です。
この状況を如何に乗り切るか?私も、そしてみなさんも知恵の見せ所でしょう!!
さて、KNSとのつながりは、2005年今から丁度5年前、私と同一生年月日の
大阪市経済局のものづくりのご担当であられた方のご紹介で入会させていただきました。
初めて参加させていただいた折、これだけの人数の方々が集まるのは、何か理由があるはずだ。
との思いがありましたが、懇親会の状況を見て、すぐに気付きました。
異様なまでの盛り上がり。色んな業界の方々が、お酒片手にこれだけ盛り上がるのは、
何かあるはずだ!!と想い、KNSのとりこになってしまいました。
その状況を世話人のひとりの堂野さんが見逃すはずはございません。
世話人へ引っ張られ、そして新たにものづくり・ひとづくり研究会を昨年の4月に立ち上げました。
現状月に一回の開催のノルマを私自身に掲げ、活動を企画いたしております。
やはり日本はものづくり立国であり続けないといけないと思います。
そのためには我々零細企業が共にwin winの関係になるように、色んな業界、立場の方々と手を組み、
国際社会でものづくりにおいてはどこにも負けない状況を続けていかねばならないと思います。
そんなことを思っていると、どこかの党の女性議員が“一番でないといけないのでしょうか?
2番ではだめなんですか?”ってな安易な意見なんか出てこないと思います。
この頃つくづく感じることがあります。このままの状況が続くと、わが国はどうなっていくのか?
子供の教育ひとつとっても先進国では最悪の状況のようです。
私どもの会社もKNSメンバーの古芝様にご紹介頂き、徹底した3S活動(整理、整頓、清掃)を実施しております。
決めたことは守り、守るべきことを決める。この当たり前のことができにくい世の中になって来た様に思います。
私どもの社員だけは、と学校の教育がダメ、家庭での教育がダメってな感じですから、
会社で教育と取り組んでおります。
長々と感じるままに書かせていただきましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。
何やかんや言ってもやはりこの国が、ここ大阪が大好きです。
今後もものづくり立国NIPPONの技術の根幹を支えていくという精神の下、色んな方向性を考え、
KNSの活動にも積極的に取り組みますので、今後とも宜しくお願いいたします。