Members Column メンバーズコラム
四十路から始まった、海外でのお仕事
領家誠 (大阪府ものづくり支援課) Vol.233
私は、早く結婚したため、経済的にも、時間的にも余裕がなく「海外」にまったく縁が無ありませんでした。まあ、人生のうちいずれ、行くことになるだろうからと、「晩年に、行きまくるはず。」となんの根拠もなく確信していました。
私の職場のMOBIOには、毎年200件を超える視察団体が来場しています。昨年度は、特に多く、その数、400件。そのうち約80件は海外からのお客さんでした。
そんなとき、とある出会いがありました。2011年の10月でしたが、政策研究大学大学の大野健一先生と大野泉先生が、エチオピアの社会人留学生を2人連れてこられました。
もちろん、先生達も含め、初対面でしたが、MOBIOでの中小企業支援について、お話したところ、大野先生から「領家さん、その話、来年の3月にハノイでやるシンポジウムでもしてくれませんか?」と、オファーがありました。
いいですよと、その時は、返事をしたものの、まあ、社交辞令的によくある話です。具体化するとは思ってもいませんでしたが、トントンと話が進み、2012年3月には、46歳にして、初めての海外、ベトナム・ハノイに行くことになりました。
その後、大野先生のお誘いで、アジア太平洋研究所の研究事業のリサーチャーとなった私は、その年の8月に再びベトナムへ。12月には、プライベートで韓国・ソウル、翌2013年9月には、タイ・バンコクへ。そして、2014年6月から3年間JICAの草の根事業の短期専門家となりましたので、7月にベトナム・ドンナイ省へ。9月には、研究事業でさらに訪越してきました。
意外なことに、2年半で、6回の海外。ほとんど、仕事&ベトナムですが。。
平均27歳という若い国のベトナム。おびただしい数のバイクと昭和なトラック、シクロに混じり、ベンツやレクサスが走るというとんでもなく活気のある街。
ホーチミンは、面積が約2,000k?、人口が740万人。大阪府が、1,900k?、人口880万人。数だけ見ると、大阪と変わらないのですが、働く人の若さの差なんでしょうか、えらい活気です。
信号がまだまだ少ないベトナムでは、大量のバイクの波を横切って道路を横断する機会が多いです。これも、毎度、ストレスなんですが、数日いると慣れてくるから不思議です。
日本の中小企業は業歴が長く、裾野も広い。世界で見ても稀有な存在。そんな国で行政がどうやって中小企業を支援しているのかということが、特に、ローカル裾野産業の育成が急務となっているアセアンの同業者からは興味津々なようです。
日本と海外との生産分業が当たり前になってきている中、パートナーとなるべき国での産業インフラ、特にソフト面でのインフラの整備は、日本の中小企業にとっても、大切な事業環境のひとつになってきています。
私は、「海外に出ると決めた企業への支援は、日本での経営力を向上する上でも大切」だと思っています。とはいえ、たかが、個人できることは限られています。国内外の顔の見えるネットワークを時間の限り積み上げていくほかありません。
せっかくの仕事との出会いです。大切に精一杯の貢献をこれからもと思っています。
この前、たまたまラジオで聞いた、島根県出身の陶芸家、河合寛次郎の詩が、いいなと思いました。
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仕事が仕事をしてゐます
仕事は毎日元気です
出来ない事のない仕事
どんな事でも仕事はします
いやな事でも進んでします
進む事しか知らない仕事
びっくりする程力出す
知らない事のない仕事
きけば何でも教へます
たのめば何でもはたします
仕事の一番すきなのは
くるしむ事がすきなのだ
苦しい事は仕事にまかせ
さあさ吾等はたのしみましょう
「仕事のうた」河合寛次郎
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これからの私の海外もきっと仕事。ですが、せっかくの仕事ですから、楽しみまっせ!