Members Column メンバーズコラム

日本文化と経済複雑性とドラッカーと心理学

森勇介 (大阪大学)  Vol.712

先月、新幹線に乗った際に、何気なく車内雑誌Wedgeを手に取りました。すると、「Japanese be ambitious!」という面白そうな特集があり、思わず読み始めました。その中で「悲観論を辞め日本らしい「独自の道」を歩め」というカリフォルニア大学のシェーデ教授の記事がとても興味深く、一気に読み切ってしまいました。特に印象に残ったのが、経済複雑性ランキングのお話でした。要約すると、「米ハーバード大学のグロースラボが公表している「経済複雑性ランキング」で日本が過去30年にわたって世界1位である(図表)。これは高度で専門的な組織能力を幅広く保有し、日本でしか創れない製品を世界で最も多く有している。」ということになるそうです。このような指標は初めて拝見しましたが、私が大学で研究に携わり、ベンチャーも起業している半導体産業では、日本がトップシェアを持っている製品が数多くあり、そのような実感があったのも事実です。その感覚的なものが見える化した資料が出てきたので嬉しくなって、直ぐにその資料を講演で紹介するようになりました。すると、「初めて聞きました。面白いので記事を送って欲しい」といった依頼を多くいただき、大学人の私だけではなく、産業界の方々も結構ご存じない新しい指標なんだなと思いました。

経済複雑性ランキングを知ったことが切っ掛けで、昔に読んだ堺屋太一先生の「日本とは何か」、「日本を創った12人」を思い出しました。「日本とは何か」では日本の文化を形作った要因の一つが「稲作文化」であり、ずっと「人余り物不足」が続いたことと書かれています。また「日本を創った12人」の中では石田梅岩氏を「勤勉と倹約」という価値観を日本人に植え付けた方と紹介されていました。稲作は皆で協力して作業を行わなければなりません。また、「人余り物不足」の状況では、見えないところ(例えば容器の裏面)にまで細やかな模様を書き込んだりすることが求められるそうです。そこに「勤勉と倹約」が美徳となれば、より一層丁寧なモノづくりが行われるようになります。これは素晴らしい文化ではありますが、ビジネスという観点ではコストが掛かり過ぎてしまうという欠点にも繋がってしまいかねません。実際、1980年代に日本の半導体産業は世界一でしたが、その当時の製品は大型コンピューターであり、15年保証を求められるというものでした。そうなりますと、品質保証が大得意の日本企業の独断場になります。大型コンピューターの次の製品はパソコンです。パソコンでは品質保証よりも低コスト化が重要になりますが、日本企業は大型コンピューターで確立した最高の製造プロセルを変更してまで、安かろう悪かろうの製品は造れませんでした。それで半導体産業でのランキングが凋落していったと分析されています。このように、一般大衆向けの製品を製造するのは日本企業は得意ではありませんが、企業向けビジネスで良いものでないと顧客が満足できない製品に関しては本当に得意で、それで経済複雑性ランキングが1位となっているのだと思います。中には例外もあり、トヨタのプリウスは高度なハイブリッド技術を搭載した車を大量に販売出来ている珍しい日本製品と思っています。

では、今後日本はどのような方向に行けばよいのでしょうか?上記のお話は日本文化に関わるものです。経営学者のピーター・ドラッカー博士は「Culture eats strategy for breakfast」という格言を述べています。これは頭で考えた戦略は、その文化に合わなければ実行されないという意味で、我が国の戦略でもこの格言に倣って、全く実行されていないものが多くあると思います。そういった意味で、良い戦略を考えるうえで、日本の文化を理解して分析することが重要になると思っています。欧米の戦略を思い付きで持ち込んでも絶対に上手く機能しません。私は心理学的アプローチでトラウマを解消するプロジェクトを20年以上前から実施しています。潜在意識を支配しているトラウマを解消すると、今まで出来なかったことが出来るようになります。それで、私は「Trauma eats strategy for breakfast」という言葉を考えるに至りました。文化もトラウマと同じように潜在意識を支配しています。そこで、文化を分析して、日本文化がどのように我々の行動に影響しているのかを知る必要があると思っています。例えば、災害の時の日本人の行動は本当に素晴らしいです。このように、文化が良い方向に働く場合は全く問題ありません。一方、忖度は気を使うという良い面がありますが、忖度しすぎると、誰も望まない方向に行ってしまいます。これは同じ文化を根っ子に持つ行動ですが、適度ではOKで過度になるとバツになる典型です。文化の悪影響が過度に働いてしまう場合はトラウマと同じなので原理的にはカウンセリングのような手法で解決できるように思います。

日本文化の良いところを伸ばし、良くないところを心理学的アプローチで解消すれば、日本文化の良いところが存分に発揮されて、日本は世界に冠たる国になると思っています。

※「日本とは何か」、「日本を創った12人」の内容は記憶に基づいていまして不正確かもしれません。是非読んで頂ければと存じます1

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