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産学官民コミュニティって何がすごいの?

吉田雅彦 (宮崎大学)  Vol.490

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 KNS、INSはじめ「産学官民コミュニティってすごい」と思っている人は多いと思うのですが、何がすごいのでしょう? 何でいつも必ず飲んでいるのでしょう(笑)
 私は1992年に通産省から岩手県庁工業課長に出向してINSに出会いました。2000年に関東通産局 産業企画部長になって2年くらいTAMA協会を実質的に運営しました。そこでは、立ち上げ期に伴う課題や運営資金ショートへの対応など、産学官連携に貢献する組織、人間関係作りに追われました。産学官民コミュニティをの運営は、企業経営とも行政運営とも異なります。運営に関わって上手くいかなくなった経験をお持ちの方もあると思います。TAMA協会のミニTAMA会という地元の産学官関係者の小ミーティングは、私がTAMA協会の再活性化のためにINSから移入したものです。また、産業クラスター政策はTAMA協会をモデルとしてしています。

私は2002年、経産省本省の地域産業政策企画官に戻り、産業クラスターの全国展開を進めました。2003年からは関 満博先生、地域産業おこしに燃える人、海士町、KNSに出会い、芋づる式に出会った“変態”たちにコミット(KNS用語で“棺桶までつきあう”)してきました。私は 面白味がない真面目人間ですが、楽しい友人が多いのは幸せです。
 産学官連携の主役は民・企業でしょう。民・企業が実現したいことを学官がサポートします。民・企業が実現したいことは、ビジネスモデルの実現であり、そのためのマーケティング、イノベーションと、これらのマネジメントが必要となります。民・企業の主体は経営者や社内のイノベーターでしょう。こう考えると、経営者やイノベーターの目線で、どのような時に産学のサポートを受けるのかを考えれば、産学官連携がうまくいく条件がわかります。結論を先取りすれば、うまくいく条件の一つが産学官民コミュニティの存在です。
 経営者やイノベーターは、ビジネスモデルの実現を社内でできるならそうします。このとき、産学官連携へのニーズは発生しません。経営者やイノベーターは、ビジネスモデルの実現を社内でできないとき、必要な人材、技術を社外まで手を広げて探します。経営者やイノベーターは、人脈作りや勉強をして必要な社外の情報を探します。人脈作りや勉強には時間と費用がかかります。経営者やイノベーターが自分で行う人脈作りや勉強よりも費用対効果が高い情報を学官が提供すれば、経営者やイノベーターは学官と連携し、産学官連携が成立します。
 学官は、費用対効果が高い情報を経営者やイノベーターに提供しているでしょうか? 一般的にはNoです。大学や行政のホームページの産学官連携のページを見ればそれがわかります。経営者やイノベーターが自ら行う人脈作りや勉強よりも、費用対効果が高い大学、行政のホームページを見つけることは稀でしょう。大学の研究者情報を見ても、連携相手としてふさわしいか判断できない。行政の大量の補助金紹介のページを見ても、利用すべきものがあるのかわからない。といったことがほとんどと思われます。
 学官が、経営者やイノベーターにとって利用価値があるのか、利用しやすいのかという問いかけを、経済学の概念を用いて表現すると、「経営者やイノベーターが学官を利用する価値と取引コストはどうなのか」と言い換えられます。価値は、結果が出ないと本当にはわからないので「価値の期待値」となります。ここでの「取引コスト」は、経営者やイノベーターが学官と関わることで発生する時間と費用、心理的負担や、嫌な気持ちになることなどです。「価値の期待値」が「取引コスト」を上回れば、経営者やイノベーターは学官と連携し、産学官連携が成立します。こう考えれば、産学官連携を進めるには、学官が経営者やイノベーターにとっての「価値の期待値」を上げ、「取引コスト」を下げれば良いことがわかります。
 価値の期待値を上げるには、大学は良い研究を行い、ビジネスモデルに使われやすくて得られる利益が大きい研究成果を上げたり、企業の生産工程を科学的知見で効率化させたりといったことが考えられます。行政は、その時々の経済環境に応じた使いやすい助成制度を用意することが考えられます。
 取引コストを下げるには、経営者やイノベーターが作った貴重な面会時間の中で、利用できる技術や助成金の情報をユーザー目線で伝えなければなりません。“嫌な役人”は論外でしょう。また、自分が相手を裏切るような人間ではないことを伝える必要があります。経営者やイノベーターの周りには、利益優先で相手を裏切るような人間がたくさんいるのが普通です。自分が信用できて役に立つ人間だと、どうすれば経営者やイノベーターに信じてもらえるでしょうか?
 結論だけ申し上げると、産学官民コミュニティは、経営者やイノベーターの学官に関わる取引コストを低減することと、人脈形成を助けることで産学官連携を促進し、経営者やイノベーターのビジネスモデルの実現に貢献しています。
 産学官民コミュニティのすごさとその理由は経済学、経営学や社会学の理論で裏打ちできます。さあ、安心して飲んで騒ぎましょう(笑)

(参考)
・ドラッカーは、著書『マネジメント』で、何事かを成し遂げようとするには、事業の目的と使命を明確にすること。そうすれば、優先順位、戦略、計画が決まる。戦略が決まれば、組織の在り方、活動の基本が決まる。事業の目的と使命を明確にするには、「顧客は誰か」という問いが最重要である。顧客にとっての価値は多様なので答えを推察してはならない、直に聞かなければならない。目標設定の中心は、マーケティングとイノベーションである。顧客が、対価を支払うのは、この2つの領域の成果と貢献に対してだけである。と語っています。
Peter Ferdinand Drucker, 1973: Management: Tasks, Responsibilities, Practices’ (New York: Harper & Row)(上田訳2008 マネジメント)

・「社外の経営資源を利用したビジネスモデルの実現」は、“オープンイノベーション”という理論です。下記の著書の中でチェスブロウは「アイデアやテクノロジーの価値は,そのビジネスモデルに依存する。テクノロジー自体には固有の価値はない。」とも言っています。オープンイノベーションは、世界が知りたがっていたシリコンバレー成功の秘訣を示した理論として広まりました。
Chesbrough, Henry William[2003]Open Innovation: The New Imperative forCreating and Profiting fromTechnology , Harvard Business Press.(ヘンリー・チェスブロウ著,大前恵一朗訳[2004]『OPEN INNOVATION――ハーバード流イノベーション戦略のすべて』産能大出版部)。

・INS、岩手県庁はシリコンバレーの成功を学ぶために、1993年、権田 早稲田大学総合研究機構空間科学研究所教授(故人)の助言で、テキサス州オースチンに調査団を派遣してコズメスキー教授にインタビューしています。
 シリコンバレー → オースチン → INS → 日本国内(KNS、TAMA協会ほか)→ 産業クラスター ほか という産学官連携のノウハウ移転が行われたことがわかります。また、オースチンは、シリコンバレーを模倣したほか、1982年に出版された“通産省と日本の奇跡”に代表される米国の日本脅威論への対抗として形成された経緯もあります。

・取引コスト理論は、2009年ノーベル経済学賞を受賞したウィリアムソンによって経営学、経済学に広く受け入れられました。文中の「利益優先で相手を裏切るような人間」は、同じくウィリアムソンの機会主義(機会があれば裏切って私欲を追求する考え)の概念です。

・ネットワークに関する理論は、1985年のGranovetterの弱い紐帯の議論、1992年のBurtの構造的空隙の議論などで経営学、経済学に大きな影響を与えています。何でいつも必ず飲んでいるかは、当事者にとっては直感的、実証的に答えが出ていますが、このあたりに理論的背景を求めることができそうです。
Granovetter[1985]Economic Action and Social Structure: The Problem of Embeddedness, American Journal of Sociology, Vol. 91, No. 3, pp. 481-510.(マーク・グラノヴェター著,渡辺深訳[1998]「付論D・経済行為と社会構造――埋め込みの問題」『転職―ネットワークとキャリアの研究』ミネルヴァ書房)。
Burt, R.S.[1992]Structural Holes: The Social of Competition: How Social Capital
Makes Organizations Work, Harvard University Press.(ロナルド・S・バート
著,安田雪訳[2006]『競争の社会的構造――構造的空の理論』新曜社)。

・以上についての私の所見は、吉田 雅彦(2019)『日本における中堅・中小企業のオープンイノベーションとその支援組織の考察?人的ネットワークの観点から?』専修大学出版局 に詳述しています。

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