Members Column メンバーズコラム
「記憶を持っていかれる」あの駅のこと。
中島淳 (株式会社140B) Vol.631
筆者は「歌」にコロッとやられてしまうたぐいの人間である。
なかでも「駅」をうたった歌に弱い。奥村チヨ(終着駅)しかり、野口五郎(私鉄沿線)しかり、ユーミン(雨のステイション)しかり、竹内まりや(駅)しかり。歌は人の記憶を呼び覚まし、いつの間にか口ずさんでしまう魔力のかたまりだと思っている。なかでも「駅」の歌はとりわけ危ない。
「阪急沿線 あの駅のこと」というWEB連載が140Bのホームページで昨年11月にはじまった。取材・文は松本有希さん、絵は綱本武雄さんの手によるものだ。
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阪急を利用していた人なら、かつてフリーペーパーの『TOKK』に「阪急沿線 ちょい駅散歩」という連載があったことを覚えておられるのではないだろうか。2008年から2016年までの8年間、毎月1回、87の駅と駅前の風景を綱本さんが描き下ろし、主に松本さんが文を付けてきた。「じぶんの駅」が載った号を保存している方も、きっと少なくないはずだ。
『TOKK』2010年4月1日号より 株式会社阪急電鉄
その2人がこの連載で、TOKKの取材で訪ねた「あの駅」をもう一度訪れている。初回は門戸厄神駅(西宮市)、2回目は武庫之荘駅(尼崎市)、そして3回目は春日野道駅(神戸市中央区)を2月上旬にアップしたばかり。TOKKは無記名原稿であるが、今回は筆者である松本有希さんの「主観」や「個人的記憶」を前面に出して書いてもらっている。綱本さんも当時と違い、松本さんの原稿を読んでから絵を描いている。
「あの駅」をもう一度訪れた松本さんのテキストは、「当時の思い出が呼び覚まされる」だけでなく、その場所に対するあたらしい記憶が上書きされている。そして綱本さんの絵は、松本さんの文に寄り添ったりそれを補完したりして見事なハーモニーを見せているが、2人の駅に対するイメージは「イコール」ではない。両者が重なった部分とそれぞれはみ出した部分がある。作詞者と作曲者が別な「歌」のようなもので、それがまたこの連載を面白くしている。
私は1回目の「門戸厄神駅」の原稿を読み、綱本さんの絵を見終わると、「神戸女学院へ内田樹先生の講演会に行った日」「ヴォーリズが設計した中庭に友人の結婚式で入った日」「大厄の年に門戸厄神へお参りに行った日」などの記憶がこぼれ落ちてきた。2回目の「武庫之荘駅」の時は「SAVVYの取材で一の橋から十八の橋までたどっていった日」「遠回りしてお土産のワッフルを買って帰った日」が、そして今回の「春日野道駅」では、「義理の弟に肉をご馳走しようと大安亭市場まで買い出しに行った日」「恩師と慕う人の葬儀に参列した暑い日」のことがよみがえってきた。
それぞれの駅に降り立ったことのある人は、たとえ松本さんが書いた店のことを何ひとつ知らなくても、勝手にその人その人の「駅」の記憶が立ち上がるのではないかと感じている。そして綱本さんが描いた駅前の絵でとどめを刺される。
その風景は、あなたが知っている駅の記憶と「同じ」であっても「ずいぶん違う」ものであっても、絵には綱本さんでしか表せない「時間」が塗り込められているはずだ。絵の中に描かれた阪急電車は、それを見た人の「あの頃」と同じように、きょうもいろんな人を乗せて走っている。
駅は、鉄の車両が走って停まり、人が乗り降りする場所ではあるが、それは人の記憶を呼び覚ます「入り口」でもある。
松本さんと綱本さんがこの先、どんなふうに阪急の「駅」や「駅前」についての人の記憶を呼び起こし、心をざわつかせてくれるのか、最初の読者としてはいつもわくわくして待っている。この連載を1冊の本にするのはこの先も長い旅になるが、いつか書店であなたの手に取ってもらえることを(できればレジにまで持っていってくれることを)期待しつつ。
そして心を揺さぶられた「駅の歌」と同じように、あなたの記憶に長くとどまってくれたらうれしい。