Members Column メンバーズコラム
40年目の再生ボタン ― 技術が支えた創作
岩崎義弘 (株式会社PPnR) Vol.782
株式会社PPnR代表。ウェブ制作や企業・クリエイターへのAI活用支援、AIによるイラスト・動画・音楽制作を中心に活動。
技術と創造のあいだを行き来しながら、“つくる”ことの原点を探っています。
小学生の頃、ファミコンで音を鳴らしたことがすべての始まりでした。
「自分で弾けなくても、音は作れる」
そんな発見が、今もAIを前にすると蘇ります。
40年を経てなお、僕の中で“つくること”の本質はあの頃のままです。
■ 原点 ― ファミリーベーシックが教えてくれたこと
幼少期は身体が弱く引きこもり気味だったこともあり、音楽を聴くことが好きでした。
実際に音楽を始めたのは小学2年生のころ。
家のリビングにあったエレクトーンに触れたのが最初でした。
習い事として弾いていただけなので、譜面は読めても、なかなかその通りに弾けない。
子どもながらに「なんでできないんだろう」と悔しかったのを覚えています。
転機は、小5のときクリスマスに買ってもらったファミリーベーシック。
当時子どもたちの間で大人気だったファミコンにつないで、簡単なパソコンとして使えるようにするキーボードとカセットでした。
ファミコンのコントローラーで音符を入力して3和音まで鳴らすことができた。
右手のメロディを入力してテープに録音し、それを“ガイド”として再生しながら覚え、
同時に左手のコードや左足のベースを練習していました。
まるで、自分だけの先生をつくっていたようなものでした。
演奏ができなくても、パソコンが代わりに弾いてくれる、教えてくれる。
“できない”を補ってくれるテクノロジーに初めて出会った瞬間でした。
同時に「自分で弾けなくても音楽は作れる」「機械と一緒に表現できる」――
そんな感覚が心に刻まれました。
後にCGやAIを扱うようになっても、この感覚はずっと僕の中に残っています。
■ 不自由の中で響く創造の音
中学でPC-8801FHを手に入れ、FM音源の響きに夢中になりました。
今のようにマウスも高性能な音楽ソフト(DAW)もなく、音を作るにはプログラムのように数値を入力するしかありません。
でもその“面倒さ”が、逆に音づくりの想像力を育ててくれた気がします。
頭の中で和音を想像しながら、ひとつひとつコードを打ち込んでいく――
不自由な環境だからこそ、音の構造や響きの意味を体で覚えました。
ちょうどその頃、TM NETWORKの小室哲哉さんをテレビで見て衝撃を受けました。
円を描くように並んだシンセサイザー、ラックに積まれた機材、
その中心で光っていたPCの画面、あれはまさに未来でした。
高校ではEOS B200やRX8、そして中古のRoland W-30を手に入れました。
高3の文化祭では劇のBGMを作り、体育館に自分の音が流れたときの感覚は今でも覚えています。
同じ頃、YMOファミリーやテイ・トウワの音楽にも惹かれ、
サンプリングやテクノの世界に強く影響を受けました。
W-30は今の基準で言えば驚くほど小さな液晶で、
DAWのような便利さとはまったく無縁でした。
でもその制約が、楽しくて仕方なかった。
ほんの少し数値をずらすだけで、
タメや走り、ジャストではない人間の揺れに近い“ズレ”が生まれる。
無機質なデジタルの中に、
生きたリズムを吹き込むような感覚があったんです。
青く光るW-30の小さな画面と毎晩向き合いながら、
自分の作った音を何度も聴き返しては微調整していたあの時間。
ひとつの音を作るのに何十分もかかる。
でも、だからこそ生まれた“手触り”がありました。
その不便さの中に、確かに創造の喜びがあった。
「いつかこれで誰かを驚かせたい」と本気で思っていました。
ただ、あのW-30は最終的に使いすぎて、
パネルのスイッチが反応しなくなってしまいました。
修理に出そうと思ったものの、見積もりは8万円。
当時の僕にはとても出せる金額ではなく、
泣く泣く手放した日のことを今でも覚えています。
それでも、あの青い液晶の光と、
無数の音を詰め込んだディスクの感触はずっと残っています。
やがて音楽は少しずつ遠のき、
そのかわりに「Macで何かを作る」ということに強く惹かれるようになりました。
手元に残ったMacintosh Color Classicを使って、
マルチメディアの先駆けであるHyperCardを使って簡単なプログラムを組んだり、
書籍や他のスタックを参考に、自分だけのカードやスタックを作って遊んでいました。
たまに手元の楽器で音を重ねることもありましたが、それ以上に“仕組みを作る”ことが楽しかった。
夜中にその画面を眺めながら、小さな世界を組み立てているような感覚がありました。
もしあのMacとの出会いがなければ、
いまのようにクリエイティブの仕事をしていなかったと思います。
専門学校に進学するとき、すべての楽器を手放し、PowerMac 6200を購入。
この頃から音楽だけでなく、CGやデザイン制作にも本格的にのめり込みました。
ファミリーベーシックのころに感じた
「機械が形にしてくれる」という驚きが、ここで確信に変わりました。
“自分の手では届かないことも、技術がそっと背中を押してくれる”――
それが僕にとっての創作の根っこなのだと思います。
専門学校を卒業して社会に出てからは、展示会やイベント映像の制作も手掛け、
音と映像を組み合わせる楽しさを再発見しました。
■ 再会 ― 青い液晶の前で
結婚して大阪に移ってからは、ヤフオクで懐かしいシンセを集めた時期もあります。
手に入れては電源を入れて眺めるだけ。
でも、それだけで心が落ち着いたんですよね。
最終的に手元に残ったのは、KORG M1。
M1の音には、90年代の空気がまだ静かに息づいている気がします。
まるであの頃の街のざわめきや、
車の中で聴いた小沢くんの歌声みたいに。
iPadが登場してからは音楽アプリも豊富になり、
音も良く、手軽に曲を作れるようになりました。
でも、どうしても“つくっている感覚”が薄い。
僕は、自由よりも少し不自由なほうが創作意欲が湧くタイプのようです。
ファミリーベーシックも、W-30も、当時のMacも、すべて制約だらけだった。
けれど、その制約があるからこそ、想像力が動き出す。
音楽生成AIのSunoも同じで、一見制限がなさそうに見えても、
結局はプロンプトでの創意工夫が必要なんです。
そして最近になって、再びRoland W-30を手に入れました。
メルカリで偶然見つけたその姿に胸が高鳴り、1週間悩んで自分の誕生日に購入。
届いた実物は驚くほどきれいで、まるで当時の自分の機材のようでした。
電源を入れた瞬間、青く光る液晶がゆっくりと立ち上がる。
高校の頃、毎晩その光と向き合っていた自分がふと蘇り、
今また同じように、その小さな画面の前で音を組み立てている。
技術の進化を越えて、心の奥では何も変わっていないんだと思います。
実物のシンセはAIのように簡単にはいかないし、場所も取る。
でも、そこにはロマンがある。
ケーブルをつなぎ、電源を入れ、音が立ち上がるまでの時間。
その不便さも、きっと僕にとっての“音楽”なんだと思います。
目標は、90年代の“自宅スタジオ”をもう一度再現すること。
AIの時代に、あえて手で音を作る、そんな場所を持ちたいと思っています。
