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自己紹介~夢のアフターファイブ何処?ハチャメチャ公務員ライフ

岡﨑 拓也 (大東市役所)  Vol.821

改めて自己紹介と自身の活動を紹介します。

※長文です。

※とりとめのない話です。

※興味のあるところだけ読んでもらえればそれでいいです。

※長すぎて疲れたら読まなくてもいいです。

※でもちょっとずつでも読み進めてもらえたら嬉しいです。

 

【経歴】

・大阪府立四條畷高校、一浪、神戸大学文学部日本史学専修。

・株式会社阪急交通社に2013年4月から2019年3月まで在籍。TrapicsとCrystalheartの北海道ツアーの後方支援を3年、国内宿泊バスと全国の極(きわみ)ブランドのツアー造成を3年担当。

・2019年に大東市役所に入庁。戦略企画部戦略企画室戦略企画グループに3年在籍、3年目に兼務で株式会社りそな銀行に出向。4年目に産業・文化部産業経済室に異動。現在8年目。

 

【アフターファイブの夢に辿り着くまで】

皆さんは市役所の職員にどのようなイメージをお持ちでしょうか?

僕は“定時で帰れる”“言われたことをやっておけばいいだけ”“ホワイト、ハラスメントなさそう”

ということは“市役所入ったら働かんで済む!”

そう思って入りました。

 

どこも近い労働環境ですが、当時の旅行会社の勤務時間は朝8時から夜の0時半。業務時間中は鳴りやまないお客様からの電話やクレーム対応、ツアー造成の締め切りに追われて息つく間もなく、結果、1日1食夜中の1時。パワハラセクハラは日常茶飯事。もっと楽な環境で働こうと思い立ったが何もスキルを持ち合わせていないし、旅行が好きなので他にやりたいこともない。

人材派遣会社に相談に行ったら「あなたには工場のライン管理の仕事が向いています。」

 

そんなわけないやろーーー!!!

 

民間企業の面接での「なぜこの業種か」「なぜうちの会社か」の質問をされるのが嫌すぎて、“そういや図書館司書の資格持ってたな。大学で日本史の研究し続けながら図書館で働けたら楽しそう”と思って採用試験を受けたら即不合格。試験勉強はしないといけないものです。

“国家公務員とか国立大学法人職員はレベルが高すぎた。どっかの市職員で働こう。北摂ブランド羨ましいから、、、箕面や!”と閃き受けるも一次面接で不合格。

“都会はあかんかー。もっと自然豊かなところ、、、日本のへそ、西脇市や!”とまたまた閃いてしまって受けると最終面接まで選考。でも不合格。

“市は大きいからあかんねやな。まちや!”と思いついて兵庫県加古郡稲美町に。筆記試験で即撃沈。。。

最後に残ったのが大東市役所。何もないまち、魅力のないまち、寝に帰るだけのまち、大東から出たくて仕方がなかったけど他に受けるところが残されていなし、阪急交通社は絶対に辞めたかったし、で受けてみると合格してしまった。

 

でもこれで晴れて朝8時から夜の0時半勤務から解放される、働かんで済む、そう安堵していました。

 

【アフターファイブの崩壊】

大東市役所に入った最初の上司が東さん。大東市に公民連携の考え方を持ち込んで、四条畷駅前の風呂も耐震性もない市営住宅を建て替えてmorinekiをつくった裏の立役者でした。ちなみに表の立役者は市職員から岩手県紫波町のオガールに1年間出向し大東市に戻るとともに退職、株式会社コーミンを立ち上げてmorienkiエリアを開発した入江さん。

東さんが上司になったことで必然的に公民連携の最前線を走る清水義次さん、木下斉さん、岡崎正信さんと一緒に仕事することになりました。市の総合計画・総合戦略のアドバイザーとして関わってくれた木下さんから課題図書4冊とレポート各1,000字が課せられました。他にも同じ部屋に公民連携推進室があったことから、官民連携まちづくり塾(1泊2日合宿)に2回、リノベーションスクール(2泊3日合宿)、都市経営プロフェッショナルスクール(課題図書40冊・講義動画200本・合宿3回)に参加することになりました。

もちろん全部時間外と土日のサービス勤務、実費。

 

そこで清水さんがよく仰る言葉が

「市役所に閉じ籠らずにちゃんとまちにダイブしていますか?」

「あなたは人としてちゃんと生きていますか?」

 

木下さんからは

「日本人の1日の学習時間は平均6分。多くの人は何も学ぼうともしていない。」

「あなたは結局まちで何をするんですか?」

と言われ続けてきました。

 

3年目にはりそな銀行に出向し、藤原明さんの元で地域住民の合意形成の手法を学びました。実際はコロナ禍で住民の元にはほぼ行けず、企業インタビューを通じていかに強みとやるべきことを炙り出すかの手法を学ぶことになりました。ちなみに民間企業への出向は後にも先にも僕だけでした。行政とはそんなもんです。

 

藤原さんの口癖が

「やばいわ岡﨑くん。また進化してもうた。」

「受けたオファーは絶対に断らない」

「限界は定めない」

そう言いながら夜の0時に寝て夜明け前の3時に起きて仕事をして、土日も企業や地域でワークショップを実施する。そんな姿を1年間見て必死について行っていました。

 

市役所に入ったはずなのにこのような方々のもとで常に学んでいたので働く概念が変わりました。仕事とプライベートの境界が曖昧になり、ただ今をどうより良く生きたいか、という感覚になっていきました。

 

【拡散する世界1-オープンファクトリーFactorISM-】

りそな銀行出向時に八尾市内企業を支援する事業に関わりました。株式会社友安製作所の友安社長や松尾さんと関わることが多くなり、八尾の企業の魅力やオープンファクトリーFactorISMに触れることとなりました。

オープンファクトリーとは、ものづくり企業が生産現場を外部に公開し、来場者にものづくりを体験してもらう取組です。その中でFactorISMは八尾・門真・堺で2020年に始まり2026年には18市町107社に拡大しています。

りそな銀行から近畿経済産業局に出向し、オープンファクトリーの第一人者である津田さんの部下として働いていた銀行員がいたことから、津田さんから2度に亘ってオープンファクトリーのレクチャーを受ける機会に恵まれました。FactorISM開催時は藤原さんが快く送り出してくれたことで八尾市内の企業4社を回ることができ、その魅力にどっぷりハマり、FactorISM本番だけでなくオープンファクトリーフォーラムのイベントに何度も顔を出すうちに「事務局入ったら?」と声をかけて頂き、2024年に事務局に入ることに。

時間は前後しますが、大東市内企業は人材不足と10年以上言い続けていますが、市職員は小中学生に向けた事業しか実施しておらず効果のない状態、かつ、企業から「オープンファクトリーを大東市でもやりたい」という声があがっていたが職員はどうしていいか分からず困っていました。そのためりそな銀行から市役所に戻る際に異動願に企画書をつけて産業経済室に移り、課内の職員に、大東では人材不足と言いながら企業が今まで小中学生向けの事業を繰り返し実施していて効果が薄いこと、市内向けのイベントを繰り返して結果が出ていないのであれば次は外の世界に目を向けてみるべきではないか、ということを伝え、市の予算で自前でオープンファクトリーを実施した場合とFactorISMに参加した場合のメリットとデメリットを比較し、課内の職員全員に1年がかりでFactorISMの定例会や当日のイベントに参加してもらうことで皆がFactorISMに参加すべきだと考えるようになりました。FactorISM事務局の方々と顔の見える関係性が築けていたことで、大東市が参加する時には特別に大東市内で説明会を開催してもらうこともできました。

FactorISMに参加したことをきっかけに市の業務で大阪・関西万博でのWASSE出展、さらに前実行委員長の錦城護謨株式会社の太田社長の呼びかけからクラゲ館への大東の企業の出展につながり、何度も特別レーンから無料で入場して楽しませてもらいました。ご褒美タイムな1年間でした。

さらにクラゲ館に出展した大東市の創作工房一志家具製作所の助っ人で入っていたブリコリーブの竹中さんが当時万博協会だった稲田さんと繋がり、もりねき書店で稲田さんのトークショーを開いてくれました。万博好きの課の職員と参加したら、お客さんとして来ていたhifuの黒羽さんと万博話で大いに盛り上がり仲良くなりました。黒羽さんはRe:ing projectとしても活動されており、2026年9月に突然「大屋根リングの8.45mの柱を買っちゃったんだけど保管先どこかいいところない?」と連絡が。太田社長がつくる『万博のレガシーを未来へものづくり大好きグループ』に相談したらシルバー株式会社の平松社長が快く引き受けてくれました。太田社長からも「他になかったらうちで引き取るから」と言って頂いていました。顔の見える関係性のありがたさが身に沁みます。大屋根リングの柱の運搬のため、閉幕後の万博会場に行き、現在の大屋根リングの状況を遠くに見ながら柱をトラックに積み込み運送してシルバー株式会社に搬入。その後、もう1本の柱は天王寺に搬入。いろんなご縁が重なり搬出から搬入の作業に同行させてもらう幸運に恵まれました。今年のFactorISMではシルバー株式会社を訪問し再度柱をじっくり見せてもらいました。

 

【拡散する世界2-都市経営プロフェッショナルスクール-】

官民連携まちづくり塾、リノベーションスクール、都市経営プロフェッショナルスクールに参加したことで友達がたくさんできました。特に尼崎市役所兼一般社団法人オリコムの柏木さんとは距離が近いこともありよく会っています。柏木さんは同じく市職員の杉原さんと白崎さんの3人で尼崎市の三和本通商店街でさんわにあるみんなのとしょかん(通称:さんとしょ)を一箱本棚オーナー制度で運営されており、当初は関係ないと思っていましたが、僕の妻がノート&手帳講師としてWild noteを販売しているのでその宣伝にでもなればと、2025年12月に本棚オーナーになりました。妻と初めてさんとしょに行った日がBooK LAB.(本にまつわる何かを端材を使ってアップサイクルで実験的につくるチーム)の日で「2人もブックラメンね」と仲間に入れて頂きました。

市役所で産業支援をしていて個人事業主の相談にのるうちに“自分でも生みの苦しみを味わわないと対等に話ができない”と思い、超絶細かい迷路を書いてみたり(ゴールまで1時間以上かかった)、担当している事業である大東まちゼミの講座で『好きを形に!プチ収入に繋げよう。』を受けた時に、講師から「岡崎さんは何が好きですか?何かつくりましょう」と言われ、本が好きなのでブックマークをつくろうと紙袋を切ってラミネートしてつくってみたりしていたので、割とすんなり馴染めて一緒になって楽しんでいます。

そのうちブックラメンのM8-motto-のMA YAさんが「はんあまで、まちのZINEフェスやるから出るで!」

ZINEって何―??って感じでしたがレクチャーを受けて本屋見に行ってZINEをつくって、10月4日にどしゃ降りのなか出展しました。カモメ・ラボの今村さんなどその場にいた3人から「岡﨑は自己紹介のZINEなんかつくってる場合じゃない。マンホール蓋のZINEつくるべきやねん。500円で売れる!あと路上のマンホールにペイントして白Tシャツで魚拓したら絶対おもろい。」と言われたので今後はマンホールZINEを制作することになりそうです。

別の日に柏木さんから「奥さんのWild noteは人に話して初めて伝わる商品やから前カゴ屋台が向いてるよ」と言われ前カゴ屋台(自転車の前カゴに木の板をつけたもの)をつくりました。寒さ暑さで機会に恵まれませんでしたが11月23日にはんあまで出展します。ちなみに僕のつくったブックマークは1つ100円、迷路は1枚500円とみんなから言われました。制作にかけた時間と売値の矛盾、店頭に並べても売れない時間。商売の難しさを少しずつ学んでいけてるのではないかと思っています。

 

【拡散する世界3-KNS-】

りそな銀行時代の2021年に大阪府が大阪産業局に委託して実施していた地域経済コンシェルジュ養成研修を受けました。堂野さん、領家さん、矢野さん、藤原さん達が講師でした。矢野さんの講義が「企画する」。この講義を受けて異動を企画することにつながりました。講義で堂野さんからKNSの話を聞いてはいたものの、実際に初めて参加したのが2024年6月。2025年11月のKNSで船場ビスポークの瀬島さんと出逢いました。前日にMOTHERHOUSE副代表の山崎さんが主催するWHCH経営フェス2025に株式会社タカヨシジャパンの高島社長に誘って頂き参加しました。高島社長は『万博のレガシーを未来へものづくり大好きグループ』で太田社長の右腕として動かれていて、FactorISM・クラゲ館で時間を共有する中で仲良くなりました。そうして参加したWHCH経営フェス2025で瀬島さんが登壇されていました。2日連続で瀬島さんを見たもんやからKNSのプレゼンを聴きに行ったら、その後の交流会で「(僕の)プレゼン見たよ」と声をかけてくれてQUINTBRIDGEの下川さんをその場で紹介してくれました。下川さんから後日「大阪オモロイ人ピッチするから興味があればおいで」と言ってもらったので行ったら

 

「ほんまに来るとは思わんかった(笑)」

 

その場で田窪さんという天王寺中学校の美術の先生をしながらアート活動をしている方と繋がり、「新しくQUESTARTというイベントをするからおいで」と誘われたので行ったら自分達が進めている大東美術館構想室の活動と似ていました。

大東美術館構想室は市職員7人で2025年6月につくったチームです。市役所では自主研究グループという制度があり、時間外であれば市役所内やまちに関わることを何でも行ってよい制度です。今まで自主研究グループをつくろうとして同期に声をかけたけど集まらなかったという先輩や後輩職員に声をかけ、とりあえず集まって「何したい?なんかおもろいこと、やりたいことをやろう」と話したら、富田さんが「アート活動がしたい」と言い、末重さんが「建築もアートだ!」と言い出して動き出しました。半年間チーム名やビジョン、ブレない軸を検討し続け「大東美術館構想室(通称:MARE)」と名付けました。MAREはチームメンバーの村田さんが進撃の巨人が好きだからという理由でつけられ意味はありません。コンセプトは【まちは、気づきの美術館。面白がる力と想像する心が、自分をひらき、まちを育てていく。ホワイトキューブではない、“まちそのものが美術館”という新しい姿へ。大東を、美術館に】。2026年3月に野崎のparallel villageでイベントを実施しようということだけが決まっていたのが2025年11月。

2026年1月に田窪さんのQUESTARTに行った後、2月に開催された2回目にチームメンバーの富田さんを誘いました。参加者がワークショップしたり喋ったりお酒飲んだりしている間に富田さんはこねーこねさんをナンパしていました。20歳の駆け出しのプロアーティスト。個展を開いたことが一度しかなく機会を探しているということだったので「MAREのイベント3月にやるから出展しない?全部タダでいいし移動費はこっちで負担する」と言って富田さんが約束を取り付けてきました。3月のイベントではこねーこねさんのプロの作品と、僕らメンバーが市役所を各自写真で切り取って作品にしたものを同じ空間に並べました。素人とプロの作品を一緒に並べハードル低く参加できる環境をつくったことで80名に来場してもらえました。

このイベントをきっかけにこねーこねさんの意識が変わりました。SNSに「今回のイベントがきっかけで、ただ絵を描くことだけが好きだった私はアートをきっかけにたくさんの人が笑顔になってそのまちが好きになるイベントができる人になりたい!!という目標ができました」と投稿されました。

今はこの目標を達成するため、ビッグ作品Qというグループ(構成メンバーはこねーこねさん、parallel villageの辻村さん、冨永さん、鮫島さん、田窪さん、村田さん、MAREから富田さん富岡さん岡﨑)をつくり、12月にあべのキューズモールに子どもたちが描いた絵をたくさん集めてそれを大きなクリスマスツリーにしようという『みんなが主人公-参加型アート展示-』の準備を進めています。

この繋がりの連鎖の起点になっているのが瀬島さん。2026年8月にようやく船場ビスポークを訪れることができました。瀬島さんと話すうちに「絶対にnote書いたほうがいい。岡﨑さんの視点が独特。」と勧めて頂いたので8月末から書き始めました。瀬島さんと話すと必ず何かが動き出します。

岡﨑のnote

アイコン画像はこねーこねさんに書いてもらった似顔絵です。あまりにもしょうもない内容でお届けしています。

 

その他、2026年9月のKNS井戸端会議で僕のテーブルを選んでくれたコマツさん、大傍さん、塩崎さんが大東市役所に遊びに来てくれました。めくれた床のタイルからネズミやイタチが出てくる築70年の大東市役所、プレハブなのに築30年を超える大東市役所。廃墟のような老朽庁舎を目にして「何でヤシの木生えてるん?しかも3階まで伸びてるし」「鉄さびさびのこれなんなん?」と皆さん正面玄関の前で20分以上大盛り上がり。庁舎内を歩いても至る所で突っ込み倒してくれました。コマツさんから「絶対にここでツアーやったらめっちゃおもろい!500円払う!」と言ってもらったのでMAREで庁舎見学ツアーを企画します。その時は皆さんご参加をお待ちしています。

 

【最後に】

最近はもはや何をしているのかが分からなくなってきて自分自身この先どうなるのか混沌としていますが、最後に本業の話と趣味の話をして終わります。

[本業の実績]

・ふるさと納税3年で12億増(25億→37億、今年は40億予想)、返礼品提供事業者約50者増、返礼品点数300点以上増。労働時間100時間削減。

・ニーズを元にした新規事業の立ち上げ(創業カフェ、業務プロセス仕組化・可視化ワークショップ、大東イノベーションミーティング)

・オープンファクトリーFactorISMへの参入

・約50人の創業未満者の掘り起こし

・僕の担当事業を通じての新規出店3店、開業1件

 

[趣味]

・ご当地マンホールコレクション約550蓋

・ご当地クラフトビールコレクション約350種

・スイーツ巡り

・寺社仏閣巡り(御朱印長8冊目)

・城巡り

・山登り(高校時代50年ぶりのインターハイ出場)

・フットサル(2代目3代目社長やスタートアップメンバーで)

・水泳

・ロードバイク

・テニス

・読書

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