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ザルツブルクへの旅

西出 徹雄  Vol.709

昨年の夏はコロナが落ち着き、海外旅行が普通にできそうになったので、前から一度行きたいと思っていたザルツブルク音楽祭に行こうと夫婦二人でオーストリアへ旅行しました。欧州の音楽祭ということでは、2018年の夏にスイスのルツェルンで開かれるサマー・フェスティバルに行ったことがあり、風光明媚な環境で世界最高レベルのクラシック音楽を毎日聴くことができる素晴らしさを体験しました。次は、100年を超す歴史をもち、オペラも公演されるザルツブルク音楽祭にと思っていましたが、コロナで海外旅行が難しい状況が続き、ようやく昨年8月に実現したものです。

旅行会社のパック旅行であれば、ガイドさんの案内に従って歩けば何の心配もなく、予定された有名な観光地などを周遊でき、年齢とともにきつくなる重い荷物の移動や、初めて行くところの確認など細かいことに気を遣う心配がなくて済みますが、音楽祭の場合には自分の聴きたい演奏会に行けるかどうかが何より大事で、ルツェルンやザルツブルクの音楽祭に行くツアーはごく少なく、勿論こちらの注文通りに全てオーダーメードのツアーをアレンジしてくれる旅行会社もあるにはありますが、金額が想定予算をはるかにオーバーすること間違いないので、手間はかかっても自分で計画し、全てネットで予約することにしました。

旅行の楽しみの一つはこの計画段階での情報集めですが、前年からコンサートのプログラム公表の時期、予約の方法、完売状況などをチェックして準備しました。ザルツブルク音楽祭は7月下旬から8月末まで開催され昨年は178のプログラムに24万人が来場したとのことですが、旅行時期を決めた最大の要因は前年12月に公表されるプログラムで、開催期間の終わりの方が希望するチケットが取りやすいことで、プログラムを確認した上で8月の最後の週としました。限られた日程の中でどのようにオペラやコンサートを選んでいくか、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台となったように近くに景勝地も多く昼間にどういうツアーを入れるか、ミュンヘンに住むドイツの友人夫妻とはどのように会うアレンジをするか、旅行期間中に予定の日本での会議にはリモートで参加できるかどうか・・・旅の要素で決めることは多く、話はいくらでも発散するので、先ずは目的地までの移動のことから始めます。

 東京からザルツブルクへの直行便はありませんので、東京からウィーンに飛び、飛行機の遅れた場合のリスクを考慮して、ウィーンで1泊してから列車で250キロ離れたザルツブルクへ移動することにしました。フライト予約の次がウィーン、ザルツブルク間の列車の予約です。オーストリア連邦鉄道(ÖBB)のホームページを開くと時刻表があり、乗車地と降車地、日時を指定すると適合する列車の情報が現れ、乗りたい列車を選択します。ホームページの構成や、アカウントを作ってから予約、決済するやり方はJRなどと余り違いはありません。特急に相当するrailjetでもザルツブルクまでの所要時間が2時間半と3時間強の列車では早期に予約すると料金に差を設けてあり、ウィーン・ザルツブルクの片道の通常料金は2等59.60ユーロ、1等116.30ユーロですが、私が実際に買ったチケットは往路が2等19.90ユーロ、復路が1等29.90ユーロと断然安く購入できました。いずれも早割で変更不可、払い戻しはできません。JRの早割などに比べても圧倒的に割引率が大きいので、できるだけ早く予定を決めてチケットを購入するのがお薦めです。またÖBBサイトでは座席指定をしようと列車の車両編成を見て面白かったのは、1等や食堂車、車椅子席の表示のほか、Family Zone、Quiet Zone、Bike Zoneの表示のあることです。予めそうした表示をすることで旅行者が不快な思いをしない配慮を促しているようです。

座席指定は乗車券と別に買いますが、3.00ユーロととても安く、ただし昨年は8月後半から9月にかけて線路工事があったので、所要時間が長くなるという警告文が現れ、最初にチケットを予約した時点では座席指定ができませんでした。3時間も立ったまま移動するのは耐えられないので、ガイドブックに出ていたÖBBと並行して運行されているWESTbahnを予約しようと調べてみましたが、実はこのWESTbahnも車両はÖBBと違いウィーンの始発駅が違うものの、走る線路はほとんどの区間は同じであることがわかり、何日か経ってから繰り返しホームページを開けてチェックするうち、座席指定ができるようになりました。購入したチケットはプリントアウトして紙で持つか、スマホで検札の際にQRコードを提示できるようにし、検札は往復とも実際に回って来ました。

当日列車に乗る際に日本と違って不便なのは、自分の乗る車両のホームでの停車位置がはっきりしていないことです。日本ならホームに各車両の扉の乗車位置が書かれてありますが、オーストリアだけでなく欧州の他の国でもホームにはAとかBと凡その位置を示す表示があるだけで、実際に列車が入線してくるのを見て乗客は急いで扉の位置に移動していく感じです。始発駅では時間の余裕があるのでそれほど問題はありませんが、途中駅で乗り換える場合には、AとかBの表示に従い列を作らず大体の位置で雑然と待ちますが停車時間が短いので、列車が入線してくると車両の表示で何号車かを確認しつつ停車する位置まで荷物を抱えてホームを走ることにもなりかねません。

オーストリアに限りませんが、ドイツや他の欧州の国でもよくあるのは、コンサートのチケットで市内のバスや市電、列車に乗れることです。ザルツブルク音楽祭のチケットでもA4の紙にプリントアウトしたものをよく見ると下3分の2には色々な注意事項がドイツ語と英語で列記されていますが、その最後の方にコンサートの開始3時間前からその日の終電までの間、市内(core-zone)のトロリーバス、バス、近郊電車 (S-Bahn)に有効と書かれています。空港が近い都市の場合は、コンサート・チケットがあれば、空港から市内への移動のために改めて列車のチケットを購入する必要がありません。これはとても便利な制度で、コンサートが夜遅くに終わってから市電やバスに乗るのにチケットを買うために行列したりする必要がないわけで、日本でも東京や大阪のような大都市では難しいでしょうが、地方都市でのイベントなどでは集客や終演後の人の流れを円滑にする手段として採用が考えられるかもしれません。

今回は列車の利用はウィーン・ザルツブルク間だけでしたが、スイスのように物価の高い国では列車やケーブルカーなどの料金も高く、例えばツェルマットからマッターホルンの展望台に上がる登山列車やロープウェイの往復料金はどれも1万円を超えるので、半額カード(Half Fare Card/120スイスフラン、1か月有効)の利用を考えるのもよいでしょう。ただしこれは現地の駅でパスポートを見せてしか買うことができません。

私たちのような高齢者が重いトランクを押しながら歩いていたり、列車に乗り込もうと荷物に手こずっていたりすると、すぐに助けてくれる人が現れるのが欧州の良いところで、ザルツブルクへの旅行でも何度も助けてもらいました。ただし、ザルツブルクから去る際に列車に乗るため重いトランクを持ち上げようとしていると、どこからともなく中年の女性が現れ、トランクを列車に運び入れてくれましたが、すぐにいなくなったあと妻のバッグを見ると、チャックが半分開いていました。この女性は間違いなくスリで、これも現実だということを頭の片隅に置いておくことも必要で、特に混んだ列車に乗り込む時は要注意です。ブランド物のバッグのチャックが硬めで割と開きにくくなっているのは、この辺りに理由があるのかと思ったりしました。

さて、音楽祭の公演そのものは評判に違わず、一つの例外(演出、演奏が余りにひどく、ブーブーの声が鳴りやまず、カーテンコールは1回で聴衆は帰ってしまった)を除きいずれも素晴らしいものでした。ただし、モーツァルトの「フィガロの結婚」もヴェルディの「マクベス」もみんな超過激な新制作で驚きましたが、さすがに出演者は素晴らしく、帰国してすぐに日本公演があるのに気付いて、聴きに行った有望な若手もいました。衛星放送などでも放送されることがありますが、音楽好きやプロを目指そうと考えている人には生演奏にもっと触れてほしいと思いました。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートと同様に音楽祭のチケットを取るのが難しいと思っている方が多いかもしれませんが、チケットの販売方式が最初はネットで予約を申し込み、これで売れ残った分を次にネット販売する2段階方式だと理解して一度実際に購入してみれば、特別難しいわけではないことが理解できるでしょう。転売防止のためにチケットに自分の名前を記載するpersonalisationなどもホームページに書かれたやり方どおりに行えば、問題ありませんでした。服装はブラックタイの人もかなりいますが、まれにTシャツの人もいたりするので、心配しすぎる必要はありません。

この夏のパリ・オリンピックでは日本以外で開催されたオリンピックでの過去最高の金メダル数となる活躍がありました。大きな成果を出した個人や種目を見ると、世界のトップレベルのコーチやチームとの交流や指導が背景にあったようですし、逆に閉鎖的、権威主義的で海外との交流も閉ざされた分野では成績が振るわず、その差が顕著に現れました。音楽の分野でも活躍が世界に広がるベースには、コンクールでの入賞だけでなく、トップレベルの指揮者や演奏家との接触や交流の密度があるようですし、スポーツや音楽に限らず、どの分野においても、勢いのあるところ、先頭を走っているところと関係を作り、交流を発展、深化させながら自らの努力を続けることが大きな成果をあげる王道ということでしょう。関係作りならKNSメンバーの得意とするところでしょうから、メンバーの皆さんが是非とも生きの良い最先端の動きを広く世界からも取り込んで、ネットワークと活動の厚みが増していかれることを期待しています。

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